おひつじ座21度 サビアン

プロボクサーがリングに入場する

旅人たちは、鳥に餌をあげていた少女と別れた後、すぐ近くにあった大きなテントの中に入りました。

入ったのは格技場のようでした。これから試合が始まる前のようで、選手はまだいませんが、スポットライトに照らされた、フロアの真ん中で一段高くなっているリングを取り囲み、観客たちが今か今かと選手の入場を待っています。後ろの方の入口から少し入ってきたばかりの旅人たちにもその様子が見えました。

旅人は魔法の絨毯に言ってどこか温かいところへ降りてきたつもりでした。

違和感が旅人の心の中に渦巻いています。

「あれ、あったかいところに降りてきたつもりだったんだけど……。」

旅人は独り言のように、でも聞こえるくらいの大きさの声で言いました。

隣に垂直に立っている魔法の絨毯と、後ろに整列している鳥さんご一行は首をかしげて旅人を見返します。

 「あったかいは確かにホットだよ、ここも熱気がすごい、うん。でも……。」

旅人は、自分が行先をはっきりと伝えなかったために魔法の絨毯に上手く伝わってないことを、はっきり言うべきか言うまいかヤキモキしています。

絨毯は及び腰になっていて、鳥たちは互いに顔を見合わせて羽を持ち上げたり、オロオロしたりしています。

「青コーナー、××選手の入場です」

~ ♪ ♪ ♪

アナウンスが入ると途端に歓声が上がり、音楽とともにぞろぞろとセコンドなどに囲まれてグローブをはめた選手が、送り出されるようにリングに入場してきます。

リングに上がった選手は、歓声にこたえるように四方にそれぞれにおじぎの代わりのように片腕を上げて見せました。歓声が一層響き渡りました。

旅人は、この選手が、誰でもなく自分が戦うんだぞ、ということを堂々とアピールしながら入場してきた姿に触発されて、自分も喉元で考えるよりも堂々と自己主張しようという思いに駆られました。

「……来たかったのは、こういう”ホット”の場所じゃない!」

旅人は、魔法の絨毯の方を向いて、はっきりと声に出していました。

旅人は赤コーナーの選手の入場を待たず、格技場を飛び出していました。