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頑張らなきゃいけないんだ、ずっとそう思っていた。

私も頑張らなきゃ。

いつのまにかそれが口癖になっていた。

まわりの頑張ってる人たちをみて、「よし、私も頑張ろう。」と思える。それっていいことだと思っていた、前向きな気持ちだと思っていた。

でも、ふと疑問に思ってしまったのが先日のこと。

頑張るって何をだっけ、私は何を頑張りたいんだろう。何のために私は頑張らなきゃって意気込んでいたんだっけ。

そんな問いが頭に浮かんでからというもの、私は脳みそは完全に思考停止してしまった。形のみえないモヤモヤが頭の中を覆い尽くしてしまったかのように。

・・・

私は頑張らなきゃいけないんだ、ずっとそう思っていた。

きっかけは約一年半前の出来事まで遡る。

仕事も環境も人間関係も恋愛も、どれも充実しているようにみえていた。それが当時の私。けれど、自分という器の蓋を開けてみると中身は空っぽだった。そのときの私は、完全に『自分』が分からなくなってしまった。

他人軸が強かった私。まわりが思う『私』やまわりが期待するこれからの『私』に耳を傾けすぎて、自分がいなくなってしまったのだ。

「自分は何をしたいんだろう」「自分は何がやりたいんだろう」当時の私はそんなことを悶々と考えていた。そんなことを考える余裕さえなかったと言った方が正しいのかもしれない。

そうだ、書きながら思い出した。当時の私にとっての「頑張る」ってこんなことだった気がする。

これからの一二年はメンタルを安定させることが最優先、ゆっくり社会人経験を積みながら自分のやりたいを見つけていく。

そうだ、これが私の目標だったんだ。些細なことだし、側からみれば目標っぽくない。でもそれが当時の私にとっての「頑張る」だったんだ。

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そんな目標を心に抱いた私は、転職に引っ越しにと環境をがらりと変えた。

そんな変化の日から、もう一年半が経とうとしている。

いまの私は穏やかな日常を過ごせるようになった。

パン屋さん巡りをしたり、花を部屋に飾ったり、思いをこうしてnoteに綴ったり、気になるワークショップに参加したり、写真を撮りにいったり。

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こうして書いてみると当たり前のような、なんともないただの日常にみえる。でも「何をしたいんだろう」「何がやりたいんだろう」と日常を楽しむ余裕さえなくしていた当時の私と比べたら「成長できてるじゃん」と褒めてあげてもいいんじゃないかな。

そう、私はかつて自分で掲げた目標を知らぬ間に達成していたようだ。もう頑張らなくても大丈夫、メンタルは安定しつつあるし「自分のやりたい」も勝手にぽんぽんと出てくるようになった。やりたいなと思ったことを試せる好奇心旺盛な自分も戻ってきた、元気になったね。

目標を達成してしまったから、だから私は「何を頑張りたいんだっけ」と分からなくなってしまったらしい。目標としていた『こうありたいという自分』に、ゆっくりだけどなれていた。もうそれが当たり前だから、頑張る必要がなくなっていたみたい。

これからの『頑張る』を見つけよう。そのタイミングを知らせるために神様は私に「頑張るって何をだっけ」と疑問に思わせてくれたのかもしれない。

・・・

これに気づかせてくれたのは、悩んでいた当時の私を知るある人からの言葉だった。

弱さや悩みを打ち明けることができる、元気がなかった頃からいま現在まで遠くから見守ってくれているような存在。ずっとカウンセリングでお世話になっている、そんな素敵な人。

そんな相手だから「最近どう?」と聞かれたときに「ふと自分は何を頑張りたいんだっけ、と分からなくなってしまいました。」と心の内を明かすことができた。

その人はうんうんと聞きながら「人は目標を達成したときに、そう悩んでしまうものだよ。だからその悩みは決してネガティブなものではなくて、いいことなんだ。」と言葉をくれた。

その返しを聞いて、安心した自分がいた。また振り出しに戻ってしまったのかな、またこんなことで悩んでしまうだなんてやっぱり自分は弱いのかな、そうネガティブになっていた自分がいたから。

でも、そうじゃなかった。自分はゆっくりだけど進めていたんだ、その証拠としての悩みだったみたい。

安心したのも束の間。「頑張るって一体何だろう」「これから何をどう頑張っていけばいいんだろう」また分からなくなってしまった私は、そんなことを口に出していた。

その人は私に「頑張るって言葉を聞いたとき、どんな姿が思い浮かぶ?」と尋ねてきた。

私の頭の中は必死に働く姿で埋め尽くされる。

「頑張るって自分に近づくことなんだよ。その人がその人なりのことをする、それがその人なりの頑張るということ。」

「僕は相談を仕事にしている。いま仕事としての相談を抜きにしていろんな人と毎日のように話しているんだけど、それが僕にとっての頑張る。話す、聞く、僕が僕なりのことをしているだけ。楽しいことしてるよ。頑張るってつらいことじゃないでしょ?」

私の頭の中に浮かんでいた『頑張る』とは異なる姿が返ってきた。

そして気づかされる。いまの私ははやく自分らしくならなきゃと焦っていたたんだと。なにか形に残さないと、自分の働き方を確立させないと、目立つようなことをしないと、そんな焦りをいつのまにか誰かから受け取ってしまっていたかのように。

穏やかな日常を楽しんでいる自分はまだまだダメなんだ、だからもっと必死に行動しなきゃいけないんだ。そう心のどこかで思ってしまっていたから、形のみえないモヤモヤに苦しくなってしまったんだろう。

そうじゃない、頑張るは自分に近づくこと。いまの私は自分に近づくために『自分にとっての頑張る』を探している途中なんだ。

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探している途中なのに、みえない何かを掴もうとして闇雲に頑張るだなんてつらくなっちゃうもんね。大事なことに気づかしてもらえた。

その人の言葉は、曇っていた私の心をすっきり晴れ渡ったように明るくしてくれた。最後、今日はどうだったと聞かれて私の口からは「最近ずっと答えが分からなくてモヤモヤしていたのに、この数時間でスッキリしちゃいました。話せてよかったです。」という感想が笑顔と共にすらすらと出ていた。

私にとっての頑張る、まだ完成していないからこそ目の前のことを一つ一つやっていこう。そうしたら見えるかもしれないんだから。

気づきを与えてくれる人が自分のまわりにいる、それって貴重なこと。感謝を忘れず、今日も自分と向き合っていこう。


日々の楽しみに使わせていただきます!