〔小説〕 跋扈
中学校において人気のある女子とは、明るくてスポーティーで、元気がよくてちょっといじわるでよく笑う、そういう女の子たちだ。そんなふうにはどうしたってなれない。おれは劣等感のかたまりだった、あの頃。
劣等感にさいなまれるあまり、対人恐怖症になってしまった。人と目を合わせるのが恐い。頬や指先が痙攣してしまう。まばたきがとまらなくなる。
結局まともに会話らしい会話ができる友達は二人か三人。その頃の名残なのか、今でも人と面と向かって話すのは苦手だ。カラ笑いがとまらなくなったりする。
中三になってクラス替えをしたら、親しかった友人たちが皆他のクラスになってしまった。
最初の行事は修学旅行。班分けにあぶれてしまって途方にくれていたら、人気者の女子グループが班に入れてくれた。
京都の名所を観光タクシーでめぐるのも、ホテルの部屋もバスの座席も、みんな班行動。班のみんなは優しく気遣ってくれるけれど、どうしてもそんな自分がみじめに思えてしまう。
清水寺で、ようやく自由行動が許された。解散の合図と同時に、修学旅行生でごった返す境内から一目散に抜け出した。
人波をかいくぐって参道を抜け、三年坂、二年坂を駆け降りる。ここまで来てしまえばもう、制服の群は見当たらない。
京の初夏の風が髪を舞い上げる。風の中を走りながら、ようやくこの身体に血がめぐり始めたのを感じる。平安の時を孕んで吹き上げてくるこの風が、おれの芯を覚醒させる。魑魅魍魎の闇を青青とした風と共に吸い込み、おれは体内の奥底に眠っていた魄に気づく。
おれは人ではないものだ。たまたま人の形をとってこの時に居るだけだ。人の世を跋扈する魔。それなら人と交われなくとも何の不思議もない。
爽快だった。石段を降りるごとに我が身の変容を感じる。爪は伸びて尖り、膚にはふさふさとした体毛が生える。数千年の時を超えて、また京の都を駆けている。
さて、中学の制服を着た魔物は、独りで二年坂の喫茶に入る。
「あら、よう見たら学生さんやんか。珍しなあ」
と、ママが何故かいろいろ土産を持たせてくれる。
そうか、おれはそうやって、「おれ」として生きていればいいのか。
まもなく集合時間だ。おれは人の皮を纏って、バスへ戻ることにした。
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