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醒メテ猶ヲ彷徨フ海(小説集)

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ブログ「醒メテ猶ヲ彷徨フ海」から小説だけ引っ越してきました。 http://mia.hateblo.jp/
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2018年1月の記事一覧

〔小説〕白濁(六)

〔小説〕白濁(六)

「煙草、吸ってもいいですよ」
猫背に声をかける。坂井は初めて気がついたように灰皿に視線を落とす。白シャツの胸ポケットから、押し潰れた緑色のマルボロの箱がのぞいている。
「あ、いや、ありがとう」
器用に一本だけ飛び出させて咥え、100円ライターで火をつけた。
「吸わないんですか? ええっと」
「田崎です」
「タザキさん」
思い出せなかったことに動揺するでもなく言う。
「人の名前、覚えるの苦手で」

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〔小説〕白濁(五)

〔小説〕白濁(五)

店の外で坂井は煙草を吸っていた。
「あれ、本当に来たんですね」
としれっと言う。ちょっと傷ついた。
「それじゃ、行きますか」
律儀に携帯灰皿でもみ消す。坂井の長い指の中で、携帯灰皿はコンパクトケースみたいに見えた。飄々と二軒先の焼き鳥屋の暖簾をくぐる。
「こんな近所で呑んでちゃ、みんなに気づかれるんじゃないですか?」
「いや、誰も出てこないでしょう」
カウンター席に腰掛け、坂井はハイボールを注文し

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〔小説〕白濁(四)

〔小説〕白濁(四)

「いや、たまたま。人が足らなくて」
「えー、でもすごかったですよう!」
松田の甲高い声がうるさい。坂井はまんざらでもないように、薄く微笑んでいる。
「坂井さんて、授業が無いとき、いつも文キャン(文学部キャンパス)のスロープのとこに座ってますよね?」
財津が言った。
「みんなが説法聞くみたいに取り囲んでるから、気になってたんです。ただ者じゃないなと思ってたけど、役者だったんですね。あれ、何の話をして

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