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〔小説〕白濁(四)

「いや、たまたま。人が足らなくて」
「えー、でもすごかったですよう!」
松田の甲高い声がうるさい。坂井はまんざらでもないように、薄く微笑んでいる。
「坂井さんて、授業が無いとき、いつも文キャン(文学部キャンパス)のスロープのとこに座ってますよね?」
財津が言った。
「みんなが説法聞くみたいに取り囲んでるから、気になってたんです。ただ者じゃないなと思ってたけど、役者だったんですね。あれ、何の話をしてるんですか」
「別に、なにも」
坂井は素っ気なく答えた。
「そうなんですか? でもおれ、わかる気がします。おれ、タバコとか吸わないけど、坂井さんが喫煙所にいるとつい並んで吸ってみたくなる。なんか坂井さんって、なんでも知っていそうじゃないですか。大学のこととか、人生についてとか。毎日大学に来てる8年生なんて坂井さんくらいですよ」
「へー、お芝居も見てないうちからファンになったんだー」
松田がちゃかす。いいじゃんか、と口を尖らせて、財津は照れ隠しのようにビールをあおった。人なつこい財津と、ついこの前まで女子高生だった松田とは、どうやら気が合うらしい。そのままテンションの高いどうでもいい会話が始まった。

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