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異性の隣に座る

2019年の初冬に3日間ほどサウジアラビアのリヤドを訪れた。仕事や巡礼ではなく、完全に観光。基本的に都会の街中をうろうろするだけだったけれども、大変満足な旅だった。その中で強く印象に残ったこと。


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(bottle openerの愛称があるらしいKingdom Centre。
てっぺんを渡る廊下が展望室になっている)

市内で最も高いKingdom Centreの展望室へ行った。わりと人気があるようで、入り口では断続的にやってくる客をスタッフが右へ左へとさばいていく。観光スポットが少ないから人が集中するのかもしれない。

入場ゲートを通ると、右列に続くよう身振りで指示された。ベンチにはエレベーターを待つ人々がゆるやかに座っていて、最後尾は男女のカップル。

二人の隣に腰を掛けたとき、それは起こった。


正確に言うと、最後尾にいたのはカップルの男性のほうだったので、私はその男性の隣に座る格好となった。

すると彼がすかさず、しかしさりげなくベンチを立って一歩私から離れた。そして感情を抑えつつも複雑な表情で私を見たのだ。驚いたような、戸惑ったような、少なくともあまりうれしそうではない表情。

……あっそうか、見知らぬ異性の隣に座るのはよろしくないんだった!

すぐに気付けて本当によかった。私はあわてて席を立ち、一人分離れてベンチに座り直す。彼が元いた位置に戻ったのか立ったままだったかはもはや覚えていない。


ほんの一瞬の出来事だった。彼の所作は大げさなものではなく、私を非難するふうでもなかった。心中どう思っていたかは知るよしもないけれど、ただ反射的に体が動いたようだった。

「見知らぬ男女が間を空けずに座ってはいけない」、知ってはいた。しかしそれに背く人が現れたとき、こうなるのか。これはルールやマナーなどではなく、無意識のうちに染みこんでいる文化なのだ。

例えばこれが、男性が明らかに憤慨した様子で話しかけてきたり、係の人に注意されたりしていたら、ここまで衝撃を受けることはなかったと思う。「思わず立ってしまった」という男性のとっさの行動によって、より強く印象づけられたのだ。さりげないからこそ衝撃を受け、彼に申し訳なく思うとともに、自分は異文化圏にいるんだなと実感した瞬間でもあった。


後から思うと、私がアバヤを着てスカーフで髪を隠していたことで、彼を油断させたのかもしれない。もし私がアバヤを着ていなければ、彼は私が近づいた時点で「異文化の人が来たな」と気付いてあらかじめ移動していたかもしれない。まあ、何にせよ私が気付いていなかったのだから同じことが起きてしまっただろうけれど。

(もちろんイスラム教徒と言ってもひとくくりにはできないし、特にリヤドは海外との交流が盛んなビジネス街なので、その辺を気にしない人もたくさんいる、はず。そもそも性別に関係なく、私の存在が単純に不愉快だった可能性も否定できない)


私にとってこれは嫌な体験ではなかった。彼と彼の奥さんであろう女性に申し訳ない気持ちは大いにある。無神経なことしてごめんなさい。しかし私にとっては価値観を肌で感じられる体験だった。


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(展望台からの眺め。日本と違って緑が少ない。
左右に連なる家々は実際はなかなか広くて裕福そうだった)

その後はとくに何も起きず、砂砂した色の街並みを眺めて展望台を後にした。滞在中は基本的にショッピングモールか博物館かスーパーを巡っていたので大きなトラブルはなく、無事に帰国して今に至る。


いつか気兼ねなく旅行できるようになったら、今度はオマーンに行く。リヤドとはまた違った体験ができるかもしれない。異文化を楽しみつつ、なるべく現地の人を驚かせないように気を付けよう。

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