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【記事邦訳】『Dorogu(道)』.ときに別の視点からの方が、自分をより良く眺めることができる

カレリア振興協会(KSS:Karjalan Sivistys Seura)のWEBサイトにあるニュースコーナー(Uutisčuppu – Uudisčuppu)では、カレリア語で発信されたニュース記事の用語説明や、会報掲載記事の紹介の他、カレリア語母語話者による記事が積極的に発信されています。

その中で「オルガのコーナー(Olgan čuppuni)」を担当しているのは、東フィンランド大学の講師をつとめるオルガ・カルロヴァ(Olga Karlova)。ヴィエナ方言母語話者であり、彼女によるヴィエナ方言の教材には日々お世話になっています。昨夏、フィンランドで開講された1週間のカレリア語クラスでは実際に彼女から授業を受けることができました。

2024年2月29日に「オルガのコーナー(Olgan čuppuni)」で紹介された記事では、カレリア語映画プロジェクトの上映会を訪れ鑑賞した彼女から、カレリアにルーツをもつ同志への美しくも優しい励ましを込めた感想が紹介されています。
オルガさんに了承を得た上で、日本語訳を紹介いたします。

なお、リンク元ではオルガさん自身による記事の音読も聴くことができます。ぜひカレリア語ヴィエナ方言の響きも聴いてみて下さい。


オルガのコーナー:
『Dorogu(道)』.ときに別の視点からの方が、自分をより良く眺めることができる

数週間前の氷点下の日曜日、映画三部作 『Dorogu(道)』がヨエンスーにやって来ました。見に集まる人々がいるのだろうかと、少し緊張していました。ところが、映画館は鑑賞者であふれていたのです!カレリアの文化や言語世界へ誘う旅が人々を惹きつけている。この事実に、魂はふるえ胸が熱くなりました。
 
この映画は、常にどこかへ急ぐ現代人をも引き留めてくれます。まるでささやくように、「ほら見て、あなたは独自の森を持っているのよ!」と。苔むした岩は薄墨色のこうべを垂らし、針葉樹の葉で覆われた小路がうねった峰に向かってしっぽを振り、自然の中 道行く人を誘い込む。山の頂から望む遠景。強い風が吹きすさび、広々とした湖面には波が泡立ち、今にも雷鳴がとどろきそう。目を開いて、そうすれば気がつくでしょう、あなたにはあなたを包み込む森があるということを。
 
映像は移ろい、音楽は心に響き、ストーリーはゆっくりと進行します。人生を理解している者は急ぐことはありません。あなたには、見聞きすることのできる耳があるのです。どんな独自の装いがあるか見てみましょう!花嫁は夫の家へいくために装います。三つ編みを結っていたシルクのリボンに代わり、頭には男性へ嫁いだ女性がかぶる帽子が置かれます。ご存知のとおり、ソロッカ(飾り帽)も独自のものです。その端には真珠の装飾がほどこされ、飾り紐は金色の糸で刺繍されており、あなたのお婆さんも結婚するときに被っていました。涙はクランベリーの雫となってこぼれ、美的な感覚に抱き込まれます。
 
聴こえてくる言葉や語りで、心が満たされていきます。
 
”Kaikkien ilmaizieni blahoslovijat kuldazeni spuassaizeni, muamot ta muamoin muamot, olettogo sie, meččähizen dorogan piäs? Liipukkaizeni da čiučoizeni?”
”トゥオニの国のすべての者よ,
祝福する者, 我が愛しき者, 我がご先祖様,
母よ, 母の母よ,
そこにいらっしゃいますか,
森行く道の先に?
我が蝶よ、我が雀よ!“
 
”Šiipi vettä mušavua košettau, lentäjä veteh katou, meren pohjah čukeltau.”
“翼が水の闇に触れ,
飛行者は水中へ消え,
海の底へと潜り込む”
 
”Elä kuren ijät, kären ijät, harmuan havukan ijät! Kašva pinon pituvuokš, huas’s’an korkevuokš!”.
“鶴の命を生きなさい,
クマゲラの命を,
ねずみ色の鷹の命を!
大きくおなりなさい 積み上げられたその長さまで,
累々たる干し草の高さまで!"
 
あなたの内にある独自の言葉を見つけ、耳をすませて下さい!私も、あなたも、誰もが持っているものです。それぞれが、それぞれの言葉を持っているのです。無くさないよう、見失わないよう、身の内に留めておいて下さい。これらの言葉にはあなたが前に進む力強い道が、言語の中にはあなたが見ている、経験している、生きている精神が込められているのです。
 
ユルキ・ハーパラ監督と映画関係者に感謝します。時には自分を離れたところから見るのは良いことです。自分自身のもつ美しさに気づくことができますから。

単語:Šanavakkani

Dorogu – karjalankielisen elokuvan nimi, tie 映画のタイトル, 道
kyleštäpäin – sivultapäin 横から, 脇から
toičči – toisinaan ときどき
netälie – viikkoa 週
pyhänäpiänä – sunnuntaina 日曜日に
varautti – jännitti 緊張していた
kaččuot – kas ほら、なんと
tiijuššanta – tiedostaminen 認識すること, 知っておくこと
šiäntäni – sieluani, sydäntäni 私の心
piettäy – pysäyttää 引き留める
kunnenih – jonnekin どこかへ
puitto čuhuttais – ikään kuin kuiskaisi まるでささやいているよう
häntyäh liputtau – häntäänsä heiluttaa しっぽを振る
čärkkäh – harjuun 氷河が削り出した砂や礫が堆積してできた、うねった細長い峰を持つ地形
troppani – polku 小路
vaaran čokalta – vuoren huipulta 山の頂から
on jouččenilla – vaahtopäissä aalloissa 泡立つ波の中
onnakko – kenties おそらく, もしかしたら
kahallah – avoinna 開かれた
tokatit – huomaat あなたは気づく
kumpani šepyäy šilma – joka syleilee sinua あなたを包みこむ
šiämeh šuaten – sydämeen saakka 心に至るまで
on šuanun tolkun elokšešta – on ymmärtänyt elämän 人生を理解している
omat kruutat – omat asut 独自の装い
antilasta šuoritetah – morsianta puetaan 花嫁の装いを整える
kaššan šulkkulenttasien – palmikon silkkinauhojen 三つ編みのシルクのリボン
sorokka – naimisissa olevan naisen päähine ソロッカ, 結婚した女性がかぶる飾り帽
niise – myös ~もまた
piissurilla – koristehelmeillä 真珠で飾られた
očallini – koristenauha, otsamus 飾り紐
kirjual’tu – koruompeleilla somistettu 刺繍で飾られた
ämmölläki – isoäidilläkin 祖母も持っていた
venčällä männeššä – vihille mennessä 結婚する
šiämi täytyy – sydän, sisin täyttyy 心が満たされる
elä kaimua – älä kadota 失くさないで
pie ičelläš – pidä itsellesi 自身に留める, 保持する
passipo – kiitos ありがとう


記事で取り上げられているカレリア語映画三部作プロジェクトを応援し 、押しかけプロジェクトメンバーとして日本語字幕を制作、2022年11月には東京で、2023年2月には札幌で上映会を開催してきました。

昨年、最終作である『ILMU(カレリア語で大気、空気の意)』が完成し、フィンランド各地やエストニアで上映会が行われ、好評を得ています。日本でも最新作をお届けできるよう、準備をすすめてまいりますのでどうぞ楽しみにお待ち下さい!

カレリア語映画プロジェクトに関しては、過去の記事もぜひどうぞ。

2022年6月、フィンランド内国語センターによってカレリア語は「フィンランドに古くから存在する少数言語」であるとようやく認められましたが、それまでの間フィンランド国内での話者数調査なども行われてきませんでした。推定では約1万人がカレリア語を自由に話すことができ、日常的に使用しているのはその半数であると目されています。

500万人弱のフィンランドにおいて圧倒的に少数派であるカレリア語母語話者たちに、「私たちが受け継いできた言語の森は、こんなにも美しく、豊かな独自性をもち、価値あるものなのだ」と語りかける愛情あふれるオルガさんの言葉もまた、美しい。

カレリア語で結ばれる人々の輪に、これからも少しでも触れていきたいです。

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