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ルンバにタオルケットを

またまた、今までどうしていたのかと言うと、日本が世界に誇る文明の利器クイックルワイパーで事足りていたのである。

部屋のゴミなんて十中八九がホコリか髪の毛なんだから、ディズニー映画で朝のお掃除をするラプンツェルが如く「うふふ、さあおしまい♪」と一網打尽にしていた、はずだった。一人暮らしのときも、結婚してからも、クイックルワイパーと共に床をずりずり掃除しながら前進する赤ん坊がいても。

万物は砂と帰す

しかしそのミルクばかり飲んでいたずりばいベイビーが成長し、確固たる自分の意志で飯を食らうようになってからは、うふふさあおしまい♪などと言っていられなくなった。その風景たるや

いちめんの米つぶ
いちめんの米つぶ
いちめんの米つぶ
いちめんの米つぶ
いちめんの米つぶ
いちめんの米つぶ
かすかなるひじき
いやかなりひじき
いちめんの米つぶ

…といった大変情緒深いもので、同じプリンセスでも、灰の中の豆を拾うシンデレラが如く、米つぶやひじきやバナナや豆腐やなんかに翻弄される日々が到来した。

それと同時に、十中八九がホコリか髪の毛だったはずの部屋のごみにザラッとしたものが混じり始めた。米つぶやひじきやバナナや豆腐やなんか、あと忘れていたけどパンくずなどは、赤ん坊によって砕かれまき散らされたのち、乾燥してパリパリに砕けると…どうやら砂になるらしい。階下の住人に配慮して敷いてある防音ジョイントマットをどけようものなら、海の家かと見間違うほどのザザーッとした量の砂が表れる。海にも山にも行かずにステイホームしているのに。

米つぶ、ひじき…お前、こんなになって…
あんた、ひょっとして納豆かい?あの頃とは変わったね…

有機化学の範疇なのか、果ては分子学なのか地学なのか定かではないが、とにかく万物は最終的に一握りの砂と化し、クイックルワイパーでは拭いきれないことがよーくわかったのが今夏である。拭いきれない砂と共に暮らし、足裏に乾いた米粒が付く生活は、まあ本気で掃除すればよいのだが毎日の家事に本気も絞り出せず、雨だれが石を打つように人間としての尊厳をちびちびと侵食していく気がした。

22世紀の家事

「ルンバ…たとえば、ルンバとかさ…うん、そうだよね…」

と、夫婦どちらからともなくうわ言のようにルンバ導入を検討し、「髪の毛やホコリのみならず、最も我々を脅かす元・食材である砂も一掃してくれるのか」という研究テーマのもと、2週間レンタルを申し込んだ。あまり高性能なものも使いこなせる気がしないので、ネットでは「シンプルな機能でコスパ抜群」と謳われていたe5という機種である。

そして一切迷うことなく購入した。
この決断がルンバの性能を物語ると言ってよいだろう。

小学校の掃除の時間のように椅子をテーブルの上にひっくり返して置いて、娘のおもちゃを箱に放り入れて、ザザーッと砂を含有するマットをはがしておいて、あとはよろしく!!とスイッチを押しておいて公園から帰れば、きれいさっぱり吸い込んでくれているんだもの。触りたくないほど分厚いホコリを覆っている冷蔵庫を、あらよっ!とずらしておけばいいんだもの。テーマを掲げて研究する間もでない。物理的に段違いに、ラクだ。こんなのラクに決まっている。

砂も、そしておそらくホコリや髪の毛も取りこぼしまくっていたクイックル時代を思えば、これはもう22世紀の新しい家事様式である。いやまだ21世紀だが、「あんなこといいな、できたらいいな」を具現化してくれたどこかの優秀な方には謹んでどら焼きを献上したい。

さらに、これがまた精神的にも段違いに、ラクなのだ。
いくらルンバが頑張ってくれるとは言え、相変わらずティッシュ片手にテーブルの下に潜ってべたべたの米粒やねばねばの納豆を回収しているが、以前は「…まだここにも…何この細かいやつ…」とげっそりしていたが、「細かいのは、任せていいよね!!」と開き直れるこの気楽さよ。

「取りこぼしがないようにする」のは意外と気を張るけど、「やばいもんだけ回収する」だと前向きになれるから人は不思議である。
そんなわけで出勤・登園前の我が家はテーブルの上の朝のパンの食べこぼしも、やばいもんだけ回収して、あとは豪快に床に払い落としている。奥さん、これ、ホントにラクよ、嘘じゃないから。

人は意外と、自分のストレスに気付けないのかも知れない。
ストレスがなくなって初めて、少し呼吸がラクになったことに気付いたり。
ルンバはつるつるの床と共に、そんな哲学的な気付きもくれた。

余談・ルンバボンと娘

ところで、ネットでの子持ち家庭のレビュー同様、我が家の娘一歳半も例外なく、音を立て動き吸い込むこの未知なる秘密道具に恐れおののき、レンタル初日は母に20分以上しがみついて大声で何かを訴え泣き喚いていた。

娘の撒き散らした食べこぼしの砂を吸い込んでもらうルンバだ、何としても両者の間に友好関係を築く必要性がある。

我々はかの有名な某Eテレ体操からルンバに「ルンバボン」という名前をつけ、もちろん日々「ルンバ☆ボーン」を舞い踊り、充電中は「ルンバボン、ねんねしてるのよ…トントントン…今日もありがとう…」と慈しみ、働くルンバボンに沿道から手を振って応援した。

努力が実を結び、今や娘は起きたらルンバに手を振って朝のご挨拶をし、充電時には「ねんね~ばばーい」と就寝のご挨拶をするほどの友好ぶり。おまけにタオルケットまでかけてトントンしてあげているではないか。

そんなわけで今日も我が家には、米つぶやひじきを主成分とする砂を一掃したルンバボンが、タオルケットをかけられて平和に眠っている。

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