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「ただいま。」と言える場所、人がいるということ




昨日、1年のワーキングホリデーを終えて
日本に帰国しました。


早速、新しいアルバイト先の面接に行った帰り道、
中秋の名月の美しさに気を取られていると
プオーーーンとパトカーのサイレン。

バッチリ警察官の方と目が合いました。
免許を取って約5年、
1年ぶりの帰国当日に乗った原付で
初めて交通違反の切符を切られました。


久々の運転、デンマークの車線は日本とは逆で
自転車を乗るときでさえも常に右側通行だったので
無意識だと右側を行きそうになるし
車線変更にもビビりまくって
結局同じ道をぐるぐる回っていました。



ベルリン旅・ホームに帰るということ



日本に帰国する前の最後の旅行先は
ドイツのベルリンでした。

ベルリンといえばベルリンの壁の印象が強くあり、
なんとなくずっと気になっていました。



初めてその壁の目の前に立つと、
この向こう側に何があるんだろうと
好奇心を掻き立てられる一方で
決して向こう側を見ることはできない悔しさや
それが国の制度であったという恐怖心を感じました。


当時は出身地や家族がいる場所が西か東かに
関わらず、有無を言わさず分断され、それが約30年
今の私の年齢で建てられていたとしたら
55歳になる頃にやっと壊されるんですね。
もし自分がそんな状況下にいたらと、
想像するだけでもあまりにも悲しく辛い。


記念碑がある辺りには
このように書かれているものがありました。


「壁が壊された今も、生まれ育った西側がホームなのか
分断されている頃にいた東側がホームなのか
もうどちらもホームではないような気持ち」

Berlin Wall Memorial

物理的、心理的ホーム


私はたった1年、日本を離れていただけですが
運転をして車線が逆になりビビりまくっていた時
「住み慣れた日本なのに。」
と少し寂しい気持ちになりました。


私にとって日本の地元和歌山は大切なホームで
ただいまと言える場所があることは
本当に有難く幸せなことです。


ただ、ホームとは物理的にそこにあるだけでなく、
ただいまと言える人がいることや
無意識にもホッとできるような
心理的なものがどれほど大切か

ベルリンの壁を見たり、
海外で他人のお家に住んだり
久しぶりに実家に帰って来たりして強く感じます。




左側通行や警察官の方の引くほど丁寧な振る舞いには
まだまだあまり慣れませんが、
きっとまたすぐ心からのホームを感じてくるまで
その違和感も味ってみます。

それぞれのホームで

秋の豊作を祝うこの日
スーパーのお団子コーナーはすっからかんでした。
みんなそれぞれのホームで、お団子を食べながら
楽しい時間を過ごしているのかなぁ。


次の中秋の名月が満月になるのは
なんと7年後とのこと。
どうか7年後の日本も
多くの人にとって
心地のいいホームであり続けますように。


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