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21杯目


このホテルは中央に、コーヒーラウンジを配置した造りになっている。
2階奥にはBARが有って、そこで働く俺は、まるで劇場の舞台を2階席から眺めるように見下ろすこの風景が好きだ。

今日のコーヒーラウンジは、バレンタインデーのイベント当日とあって、ピアノ演奏が始まる随分前からカップルや女の子達で賑わっている。

こんなに沢山の来客者で賑わったら“窓際姫”のいつもの席が埋まってしまうんじゃないかと心配だ。
だけど、窓際のあの席には誰も座らなかった。

どうしてだろうと様子を見ていたら、客が座ろうとする度、ウエイターの雅喜が現れて、違う席に案内しているのが見えた。

レン「なるほどね。“予約席”って訳ですか」

華やいだコーヒーラウンジ向かって左側の、いつもの扉から楽譜を抱えたピアニストが歩いて来た。

レン「ピアノ王子、登場」

チャコールのベストに黒いタイ、白いシャツの背中が真っ直ぐピアノまで移動して、ピアノの椅子に座っただけで拍手が起きる。

♪…

レン「マイ・ファニー・ヴァレンタイン…」

演奏が始まるいつものタイミングで、階段袖から上がってくるワンピース姿の“窓際姫”が見えた。

一歩一歩、ゆっくり階段を上がってく彼女の様子が、いつもと何か違う気がした。彼女に気づいたウエイターに案内されて、いつもの窓際に座る。

ここから全体を見ていると、
来客者全員がピアニストの方に体を向けて曲に聴き入ってるのに、窓際姫ただ1人だけ、いつものようにピアニストに背を向けた状態で窓の外を見ているのが異様に見える。

背を向けた状態でも、この中のどの客より彩人の存在を見てるっていうのが伝わって来る。

そのピンと真っ直ぐな背中が、しっかり彩人を捉えて意識している。

バレンタインのイベントに相応しく、ピアニストが弾くのは恋や愛の曲ばかり。
どんな気持ちで、この演奏を彼女は聴いてるんだろうかってらそんな物語を想像しながら見入ってしまう。

来客者のざわめき ケーキと花の甘ったるい匂い 透明なピアノの調べ

レン「え…」



いつもと違う事が起きた。窓際姫が立ち上がった。

立ち上がった彼女は、
ピアノを演奏している彩人の所へ一歩ずつ歩いて行く。
聴き入っていた来客者達の談話は、何が起きたのかと、息を飲んで静まった。

1階ロビーの受け付けのホテルマンも、涼も、
ウエイターの雅喜もみんな一斉に、彼女に視線を向けてる。

多分、一番動揺してるであろう彩人は、ピアノの演奏に集中してるように見えるけど、あれは演技だと思う。
ミスタッチするなんて今まで1度だって無かったから。

事情を知ってる関係者全員と客が見守る中、彼女はピアノの前で立ち止まった。





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