トラの『耳ぽっち』 第五夜
難解な人の世で、もまれて来たこの男にも心を休めることの出来た幸せな時間はあった。
この時期になると、時々そんなことを思い出しているようだ。
私はまだその頃、この男のご両親に飼われてはいない、空気中のちりだった頃の話だ。
ご両親とともに愛知の片田舎の会社の社宅に住んでいた頃だ。
毎日が天気、青空しか見ることの出来ないそんな太平洋沿岸気候に恵まれた土地だった。
この男がある時期に書いていた文章を見つけた。
汗かきのこの男と兄貴のために、お母さんはいつも社宅の屋上で布団を干していたそうな。
お母さんの愛情だったんだよ。
布団が熱いといつも寝る前に文句を言っていたこの男、どうやら最近ではその熱い布団が恋しいみたいである。
トラの『耳ぽっち』、ここまではこちらからどうぞ