トラの『耳ぽっち』 第八夜
― 後悔先に立たず ―
あんなことがあったが、しばらくしてもと勤めていた設計事務所で再び仕事を始めていた。
この男、一度辞めた会社に社長の「帰ってこい」の一言で図々しく復帰していた。
一年ほど経っただろうか、平和な時間がゆるゆると流れ女社長との一件も忘れかけていた頃だったそうな。
ある日の午後、机に置いていたスマホが鳴り、通知を見ると女社長からだった。
会社のすぐ近くまで来ているから会ってもらえないかと言ってきたそうな。
この男は、ヒルトンで待ち合わせて出て行った。
女社長は入院をして、今は元気になっていると人づてに聞いていた。
久しぶりに会うと顔色もずいぶん良く、あの頃は本当に病気だったんだなと思ったそうだ。
挨拶を交わすと、この男が言ってたようになったそうな。
女社長は「宮島さんの言うとおりになりました」と頭を下げてきた。
目を離している間に数千万の使途不明金、それ以外にも毎晩営業と称して好き放題に金を使い、出張という隠れ蓑で、女を連れて沖縄や北海道まで行って散財していたらしい。
金の使い方に問題もあるが、社員の士気に関わり悩んでいると言う。
どうしたらいい、と聞かれたので辞めさせたいという女社長の意思を確認し、「すぐに弁護士に相談したら」と、済ませたらしい。
業界でも黒い噂が立ち始めていて、業界の雄を勝ち続けて来た女社長としたらそれ以上のことはしたくないだろうと思ったんだそうな。
その後、木下を解雇してしばらく係争していたとまでは聞いた。
それが落ち着いた頃であろう、女社長からよく連絡が来るようになった。
女社長は会社を大手建設会社に売ると言った。
そして、高齢者の介護事業を始めた。
商売上手な女社長は介護施設をいくつも作った。
そして、女社長は「宮島さん、お母さんを連れて来なさいよ。あなたのお母さんなら看取りますよ」と言ってきたそうな。
その頃この男は私の飼い主であったご両親の介護と兄貴の看病でとんでもないことになっていた。
それで万が一を考えて女社長が介護事業をやってる町に引っ越したんだ。
でもそれはもう少し先の話、その前に鈴木先輩が思いもよらないことになってしまったそうな。
今回この男に聞いた話も金と女だった。
金と女だけでこの男の生きる世がぐるぐる回るのであるならば簡単すぎる。
ひとりの我がままは多くの人間を巻き込んでしまう。
建設業界ではゼネコンが頂点と思い込んでいた木下はゼネコンの下請けもするこの会社を見下す観があった。
それが大きな間違いの根本だと言っていた。
人間の生きる世はやはり猫の私には難解すぎる。
私は猫に生まれてきてよかったとつくづく思う。
第七夜まではこちらからどうぞ