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冬の雨にむせぶ夜

雨に濡れるのが嫌じゃない、稽古の帰りに濡れる夜。

大学入学前の魚市場の仲買での修行、金は肉体労働で稼ぐものだと信じてた。冬でも汗をかく力仕事は雨でもカッパは着なかった。
ずぶ濡れになっても風邪を引くことの無かった十代。

大学の合気道部は厳しかった。たとえ槍が降ろうとも稽古は休むことは出来なかった。傘をさす気力も無く濡れた身体が心地よく、それでも汗の染み込んだ学生服が臭かった二十代。

誰もが可愛いのは我が身だけ、定石の無い営業に悩み、取った仕事で上司に妬まれ、嬉し悲しく泣きながら奈良まで歩いて帰った三十代。

思いもよらぬ家族の病魔、いつも実家に帰る日はいつも誰かの涙とともに、いつも不思議に雨だった。毎度雨男の四十代。

天命を知る、なんて誰が言ったのか、これが俺の天命ならば天に唾して死んでやる。枯れた涙の代わりはいつも雨の五十代。

六十にして耳順う、どこのお国のことわざなのか、曲がりくねって生きて来た俺には関係ない言葉。いまだハス向き濡れる夜、初めて冷たい夜の雨、初めて冷たい夜の雨。

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