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生きている町

「じいさんや、あと少しだよ、頑張ろう。」
「そうじゃな、ばあさん、ここまで二人で頑張って来たんだからな。」

でも会話はいつしか聞こえなくなってしまいました。

じいさんは先に旅立ってしまったのです。
ひとり残してしまうばあさんに「すまんな、こんなことになってしもうて。」

昨日の昼前、電動アシスト付き自転車を走らせる府道沿いに設置された温度計は35度となっていた。かつての憧れのニュータウンは異常な暑さのためだけなのか、人の姿はまばらであった。
太郎の目に異様にも映ったのはそんな暑さの中なのに、どのバス停にも必ず一人二人の高齢者が買い物カートを手にバスが来るのを待っていたことだった。

昭和40年代、高度成長期の最中に着工したニュータウンは甲子園70個分ほどの面積に40,000人を計画人口とした。この頃の2DKの食寝分離の新しい住宅での生活は時代の先端を走る「憧れの団地生活」であった。
そして、緑豊かな新しい町はこれから子育てを行う若い家族にとってこの上ない魅力であった。
鉄道駅の無いこの新しい町には、着工当初から地下鉄延伸が計画に織り込まれておりそれを疑うものは誰もおらず、まだ若い彼らにはさほど重要なことではなかったのである。

しかし時間は過ぎたものの、その当時と変わったのは自分たちと住宅の年齢ばかりであった。子どもたちの姿は次第に少なくなっていき、かつてはうるさいほど公園から聞こえた子ども達の声が今は懐かしいばかりである。
この上ない魅力であった緑は今は虚しく目に映る。

日本各地のかつてにぎわったニュータウン同様ご多分に漏れること無く、このオールドタウンにも少子高齢化は小波のように押し寄せてピーク時4万人近くの人口はいつしか2万人にも満たないようになっている。


「駅前の無い町って不思議だな、商店街の本屋も無ければ喫茶店も無い、ふらりと寄れる赤ちょうちんも無い。」ここじゃ俺は生活できんな、と太郎は考える必要も無いことを思い町を駆け抜けた。

「おばあちゃんのところ何にもなくて面白くないよ、早く帰りたいよ。」
太郎は風にのったそんなおばあちゃんと孫の会話を聞いたような気がした。

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