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気持ちは夏にむけて


苦手な梅雨の時期、子供の頃いつも長い夏休みに思いを馳せて過ごしていた。

でもそれはやって来るとあまりに長い夏休みだった。
暑い夏を何をするわけでもなく無為に時間を費やしていた。
片思いの同級生のあの子に会えない長い休みは私には休みではなく、ただただ切ない時間であった。
そんなある日の昼下がり、悪友たちが遊びの誘いに来た。
長篠城に行こう、と言う。どう思いついたのか一番暑い午後の時間に自転車で長篠に向かった。

寒狭川沿いに遡り、登り坂に向かいペダルを漕いだ。
緑の中にいつもの長篠城跡はあった。
合戦の跡地は夏草で覆われている。

2組に分かれて合戦は始まる。我々は無策だ。勢いだけのチームである。
敵には策士がおり、我々の考えの及ばないワナを仕掛けていた。
力強い夏草の先を結んだトラップだった。

先頭を走っていた私は力一杯転んだ。泣きたいくらい痛かった。
そして、倒れたまま嗅ぐ夏草の匂い。
むせ返るような青い匂いと、ぬる熱く蒸された土の匂いが混ざっている。

学校で教わる歴史などまったく頭に入ってない私でも死を覚悟して長篠城に立て籠もる仲間に朗報を告げた鳥居強右衛門のことは知っていた。
私の第一転で事なきを得た仲間たちのことを考え自身を鳥居に置き換えた。

その時溢れた涙は鳥居強右衛門への思いか、ただただ痛かったからなのかは今となっては定かでない。

青い空、三河の山々の上の白い雲、朝から晩まで何も考えずに遊びまわっていたあの夏の日は遠い昔である。

もう、仲間たちは忘れてしまったかも知れない。
でも、今も帰れば古戦場に残っている夏草たちは憶えている。
長篠の合戦のことも、あの頃の純粋だった我々の気持ちも。




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