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竜田姫がみてきたもの

六年も前になる、法隆寺にほど近い、竜田山のふもとの診療所に通っていた。
どこかが悪かったわけではない。
省エネルギーの新しい設備の設計提案の営業に行っていた。
それが私のサラリーマン人生最後の仕事だったのである。

日進月歩の技術の進歩で医療施設はすぐ陳腐化する。
そんな技術革新のスピードに技術屋は日々勉強して追いついていかなければならない。
業務に追われながらの自身の勉強の毎日で大変である。

私は口だけの営業マン、のんきなサラリーマン人生を送っていた。
少し足を伸ばせば法隆寺もあり、万葉ロマンにひたれる場所であった。
実は竜田山という山はない。
生駒山地から連なる低い山々のどれを指すわけではないがその最南端あたりを竜田山と地元の人間は言っている。

私が勝手に竜田山と信じていたその山は三室山であった。
大和川に流れ込む三室山沿いに流れる竜田川は、赤く燃える紅葉で三室山と一体化して、季節が来ると観光名所の一つになっている。
その美しさは今始まったことではない。

千早ふる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは   在原業平
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり      能因法師

と、百人一首に二首も収められているのである。

大和川などという日本を代表するような名をもらいながら、かつては日本で一番汚い川であった。
大和の国を守るために西に鎮座する竜田姫は、美しい秋をつかさどる神である。
我々現代人の悪行にさぞ嘆いたことであろう。

竜田姫のお膝元の診療所での仕事は結局私たちの思うような方向には進まなかった。
理想と現実がある。
竜田姫の足もとを流れる美しい水が汚れた大和川に流れ込む事実。
住民の健康を守る診療所の本来持つべき機能と予算との乖離。
理想と現実である。

しかしそんなことはお構いなしに、ここから続く大和平野は美しい。
この先やって来る秋はなお美しい。
そんなつまらぬ理想と現実を飲み込む緑と、この先は竜田姫が守る黄金色に輝く稲穂の波が待ち受ける。

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