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カレーうどんと温かい白飯

師走十二月、何をやってもやらなくてもあと一ヶ月で今年は終わってしまう。
ならばやりたいことをやって今年を終わらせなければならない。

師走十二月、急に冬らしさが増してきたではないか。
どんよりとしたこの冬らしい気のふさぐような空。
さあ、この季節がやって来たのだ。

初冬の冷えた空気は私を戸外へといざなう。
近鉄八尾駅の高架下のうどん屋へいざなうのである。
冷たい風をものともせずに私は自転車でまっしぐらにうどん屋に向かった。

自転車駐禁の高架下、うどん屋の前に駐輪してポケットの小銭をまさぐる。
券売機の前でさあ何を食べようかと、家を出る前から決まっているのにカッコをつけて迷う振りをする。
それも、誰も見ていないのに。

買った券はカウンターに並んだお盆の上に置く、それを見たおばちゃんは厨房に「カレー一杯」と元気に声を上げる。
のぞき込めば湯を沸かす釜からは白い湯気がもうもうと立ち上がり、おばちゃん達は忙しそうに働く。
私の丼はおばちゃん達の手を渡るうちに熱々のカレーうどんとなる。
「はいよ」と手渡す丼にはおばちゃんの指先が入っている。
それでもおばちゃんは気にしない。
ならば私も気にしない。
冷たい水を一杯もらい、なるべく左右の空いた席に座る。
香りの高い七味を振る、ただ辛い一味ではない。
乾きかけた刻み青ネギは箸でつついてしばらく汁の中で眠ってもらう。

そして、カレーうどんは静かに食べなければならない。
ざる蕎麦をすするようにズルズルとやってカレーのしぶきでも飛ばしたら目も当てることは出来ない。
注意して、用心して絡まったうどんを箸で引き出して口に運ぶ。
ここで私の至福の時間がゆるゆると流れる。


大学時代、江古田の冨貴蕎麦ふきそばでいつも大盛りカレーうどんだった。
年がら年中、学生服でどんなに暑くてもカレーうどんだった。
ご主人は出汁を余分に作り「気にせず食べな」と、貧乏学生に出してくれた。
白飯をその出汁に突っ込んで炭水化物だけで腹一杯になった。
黙って奥さんは冷たい水を注いでくれた。
そこでもいつも至福の時間が釜から上がる湯気とともに漂っていた。


私の幸せのカレーうどんはその頃から変わっていない。
カレーうどんは私に幸せを運んでくれる。
少し変わったと言えば、白飯が食べれなくなったことだろうか。
一度に三合食べれた胃袋は気が付けばカレーうどんだけで満足してしまっている。

これは私の幸せがカレーうどん以外にも出来たからか、ただの私の胃袋の衰えなのか今はまだ定かにしたくない。



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