東京からみた富士山
温かい空気の中、電車で移動した。
窓が開けられているが、今日はもう誰も手をかけようとしない。
でも不思議だが、この気温で暖房が入っている。
むかしと違うJRには我々の知らぬなか、厳しい掟があるのかも知れない。
三十年ほど前の大阪環状線は夏場、暑がりのこの私でも「おかしいんじゃないか」と思えるほど冷房が効いていた。
まだ、盛夏前の微妙な暑さの時には、先頭車両で運転手に暑いから温度を下げてくれ、とジェスチャーですると冷房を強めてくれた。
わがままな乗車客であるが、満員電車内の暑さと臭さはたまらなかった。
今はそんな融通が効かない管理された会社に変わっていることと思う。
車内にはダウン姿もいれば半袖Tシャツもいる。
しばらくは何を着ればよいのか悩む時期でもある。
合気道の話に変わるが、今の稽古場は鉄筋コンクリートのビルにある冷暖房完備のスタジオである。
暑さ寒さ知らずである。
合気道に限らず武道場は、通常であれば天然冷暖房だ。
大学での稽古は学生会館の六階、天然冷暖房が完備されていた。
冬でも窓を開け放ち、自然の空気とともに稽古をしていたのである。
肌で季節を感じていた。
洗わぬ汗臭い道着は先輩に怒られ、夏はカビが生え、冬は袖を通す冷たさで思わず身を縮めた。
いつも季節を感じていた。
自然な空気を感じさせる稽古はいつも私たちに緊張感を与えたのかもしれない。
ケガは少なかったように思う。
暑さの中での稽古では雑巾を絞るように汗を流し、終わったあとには心地よく安い居酒屋に足を運ばせた。
寒さの中での稽古のあとはその寒さを忘れさせ、帰ることを忘れたいかのように自主稽古が続いた。
そしてそのあと、部室で酒を飲み皆でコタツに足を突っ込み雑魚寝したこともある。
朝早く目が覚めて階下のトイレで用を足す。
そして臭うが温かな布団に戻る途中六階から遠くに見えた小さな富士山を今でも憶えている。
春、寒さの遠のくこの季節、時々思い出す練馬の江古田から見た富士の姿である。
大阪から富士は見えない。
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