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ジャガイモをくう 『立ち飲み屋マルの話』

マルは飲み屋の女主人、三年前に飲み屋をやってた亭主と別れた。
息子太郎を引き取り、ついでに飲み屋も引き取って亭主とおさらばしたのである。
女であるがマルは強い、強く生きるし、酒も強い。
亭主は人は悪くはなかったが酒癖が悪く、ついでに酔っぱらうと女癖も悪かった。

そんなマルは今日も店を開ける。
最初に入って来たのは近くのテナントビルのオーナー、70歳近い人の好い男、杉本である。
駅前の繁華街に持つ一棟は飲食店舗ばかりのビル。
そこの管理が杉本の仕事であるが午前中にビルを見回り、簡単に掃除を済ませてしまえば、特にこれと言って大きな仕事は無く昼飯を済ませて近くをウォーキング、そしてマルの店が開く時間までパチンコ店で時間調整する。
義父より継いだそのビルで日がな一日をのんびり過ごす杉本はマルの店のファンでもあった。

マルを女としてではなく人としての魅力を感じ、落ち着く店で過ごす時間を至福と感じていた。
個人店主の経営する店はそんな雰囲気が必要である。
そうすると不思議と同じようなタイプの客が集まり、店を盛り上げてくれる。
そんな客たちは女手一つのマルの店にはありがたいものであった。

「太郎に土産だ」
今日も杉本は金のかかったチョコレートをマルに手渡す。
そしてまずは生ビール、アテはいつもマルにお任せだ。
日替わりサラダのマカロニサラダ、出来上がったばかりの肉じゃがを出した。
それを美味そうに杉本は口に運び、地元商店街の情報をマルに流してくれる。
カウンターに肘をつきながら長い時には閉店間際まで杉本は立ち続けるのであった。

そうそう、マルの店には椅子は無い。いわゆる立ち飲み屋なのである。どこの駅前にもあるような普通の立ち飲み屋で起きる日常がこの狭い店の中で繰り広げられる。
昔はあって当たり前、今じゃ臭い人情物と人に笑われる活劇がこのまるの店で繰り広げられる。
今日も今日とて杉本の入ってきたすぐ後に一見いちげんの若い男が入って来た。
「やってますか」とこの男。
マルは暖簾のれんを出しているのにおかしな事を言う子だわ、と思いながらも「どうぞ、好きなところに立ってね」と答えた。
寒さもあるのだろうが青ざめた顔、おびえたような顔からマルは死んだ弟を思い出していた。十年も前にマルは大切な弟を亡くしているのである。
「飲み物は何にします」
そう聞きながら熱いおしぼりをマルは手渡す。
「えーと、あの、」
こんなタイプが嫌いである。こんなところも弟に似ていた。
「じゃ、寒いけど喉がかわいてるでしょ、チューハイのプレーンにしましょうか」
それにただ「はい」と答えるのも弟に似ていた。
プレーンのチューハイと出来たての熱い肉じゃがを出す。男は黙ってチューハイの三分の一くらいを一気に飲む。マルが見立てたように喉は乾いていたようだ。そして熱い肉じゃがを口に運びかけているメガネを曇らせながら「美味しい」そうマルに向かって言うのであった。
こんなところも弟そっくり、ならばと思いマルは行動にかかる。「時間あるでしょ、ゆっくりしてきなさい。身体が温まるもの今から用意するわ」

ぽかんとした男は「はい」とだけ答えマルのペースに完全に引き込まれていた。
マルは肉じゃがを作り残っていたジャガイモ三個の皮を厚く剥き始めた。
よく洗ったジャガイモの皮は食べやすい大きさでグラタン皿に放り込みオリーブ油、塩コショウ、パラパラとチーズを振ってオーブントースターに放り込む。
その間、ひたひたの湯で火の通ったジャガイモとついでに茹でたキャベツと玉ネギもブレンダーで粉砕し、これも塩コショウの味付け、牛乳を加えて、コトコトと煮込む。
その間30分もかからない。
出されたジャガイモの皮のチーズ焼きとジャガイモのポタージュを男は目の前にして一瞬戸惑う。
「代金を気にしてるなら心配しないで、残り物と捨てる皮だからサービスよ」
マルの言葉に「え、でも」と言いながら男は熱くて美味そうなジャガイモを目の前にして自身を納得させ、
「じゃあ、チューハイのお代わりをください」
黙々と熱いジャガイモを腹に流し込みまたチューハイを三分の一くらいゴクゴクと飲み、落ち着いた男は口を開き出した、、、


現在構想中の新しい企画です。食にまつわる、食を中心に時間が進むそんな小説を書いてみたいと思っていました。来年早々(くらい)にマルをここに登場させます。
その時にはよろしくお付き合いいただきたく思います。


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