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自身の時間を過ごす

先週の一日、爽やかな時間を過ごした。

仕事と仕事の合間に用事を済ませるため近鉄八尾駅近くに向かって出かけた。

平日の午後である。

初秋の匂いを感じながら自動車も人も少ない道を選んで自転車で走る。

切迫感や焦燥感などを感じることのないこれまでのサラリーマン時代には無かった時間が流れる。

用事を済ませてコーヒーを飲み、ここでも自分の時間が流れる。

そして、亡き父母に供える切花を最後に買った。

こんな緊張の無い時間の過ごし方が脳の動き方によい影響を与えているように思う。

緊張と弛緩の繰り返しは輪ゴムがそうであるようにいつまでも弾力を保つ。

緊張が続くゴムは劣化してしまう。

適度な緊張が健全な精神を保つのに必要なように、時々ゆるゆるとした緊張を解きほぐす時間も必要ということであろう。

頭で分かっていてもなかなか出来ない。

出来ても自然に出てきたそういう時間でなければ、本当に生きた時間とはならないような気がする。

健全な肉体に健全な精神が宿るようにこんな生きた時間も条件が整わないと生まれてこないようである。

こんな事をひとり考えながらちびちびやる熱燗が美味い季節がやって来た。


花より団子


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