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飲み屋に恋する男のはなし

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酒抜きで語れぬ私の人生、そのほんの一部をお聞きください、、
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2021年3月の記事一覧

頑張れ! 大阪京橋!!  なのである。

京橋グランシャトービルからカラオケビル、新大阪そして植木等

(写真は本文と関係のない私の好きな鶴橋卸市場の商店街です) 昨日の私の note で大阪京橋の事を思い出していたら、note 仲間と勝手に思っている私の娘でもおかしくない年齢の多恵さんからのコメントにグランシャトービルの名前が出た。 いかにも京橋らしいパチンコ、ナイトクラブ、サウナが入ってる総合レジャービルである。 JR京橋駅北口改札を出て京阪乗換口の反対に出て、左側ほぼ目の前にある。 私がいたゼネコンは一昔前にここの関係の発注でビル建設の仕事を請負い、一悶着あったと聞い

御堂筋のマリオットと大阪の夜

大阪御堂筋にマリオットホテルオープンとニュースで聴く。 安藤忠雄が監修というのがなんとも大阪らしいが、この時期に高級ホテルの開業は多難を感じる。しかし、聞いているとそうでもない。 富裕層とビジネス客をつかめる見込みを持っているようである。 日本の格差社会をここ大阪でも感じさせてくれる。 ゼネコンの営業駆け出し時代、もう30年ちかく前になる。 当時勤務していたのは大阪京橋にあるJR、京阪とも駅から徒歩5分の自社ビルであった。 京阪京橋駅近接に京阪電鉄の経営するホテルがあり、

緊急事態宣言解除をうけて

緊急事態宣言という言葉を考えていた。 緊急事態には間違いなかろうが、それほど緊迫感は無かったような、、 宣言は続けたまま規制だけ徐々に解除してもいいんじゃないかとも思った。 リバウンドを心配するのであるならば、何かしらの重石は残しておくべきだと思う。 それにしても皆、よく言うことをきく。 私がまだ飲み屋を続けていたら反政府組織を作り地下に潜ってゲリラ活動を行っていたかも知れない、というのは冗談であるが、それくらい飲食業の連中は大変なはずである。 黙っているのが不思議だと個人

熱燗が好きなはなし

弥生三月も半ば、熱燗の時期でもないだろうが、と思われるかも知れない。 しかし、熱燗に季節は無い、四季折々に熱燗の味があり、人生がある。 50歳半ばを過ぎて、サラリーマンを辞めて気まぐれに飲み屋を始めた。 サラリーマンにはほとほと疲れた。 つくづく向かぬと三十年間続けて答えが出せた。 大阪は阿部野の飲み屋街の場末、古いビルの一階の端っこに遠慮がちに出した店は立ち飲み屋、自分で言うのもなんだが落ち着いた雰囲気の自分でも客になりたい店であった。 私が好きな奈良の美味い酒