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日々考えることのはなし

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毎日考える何か、何かが引き金になり考える何かを綴ってみました
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2023年8月の記事一覧

稽古の帰りに飲んだ酒

いつもじゃないが、稽古の帰りに一人で酒を飲んで帰る時がある。 ゼネコン営業マン時代、帰りに飲んだ酒は飲まなきゃ帰れない酒だった。 ゼネコンの営業には定石は無く、毎回足らぬ頭を使い、心をすり減らし、ついでに靴底もすり減らしていつもクタクタだった。 皆は自身に「お疲れさん」だなんてことを言うが、私に限っては全くそんなことは無かった。 ゴールに着けぬ自身に腹を立て、きっとそれはあいつのせいだと、いつも誰かに矛先を向けて酒の神様に叱られそうなそんな飲み方しか出来なかった。 酒は頭と心

いつもの夜道で考えた事

今日は私のとりとめもない話にお付き合いいただければ幸いです。 夜によくコンビニに行きます。目的は文書のコピーやスキャニング、プリントなどの作業場所になっています。親父のお下がりのコピー機があったのですがトナー代がバカにならないのと、最新だった機械がだんだん古くなっていくことを考えるとたまに入れ替わるコンビニの最新のマルチコピー機は非常に優秀です。 帰りに時々缶チューハイを買って飲みながらフラフラと、昨晩は涼しさを感じることの出来る夜道をきっと猫たちが出てきているだろうと思

日記のような、びぼーろくのような(2023.08.24三竹士の戦いは始まる)

見上げれば空は青かった。 久しぶりに若じぃはぼんやりと白く霞むことのない青空を見上げていた。 その時すでに三竹士の若じぃの迷いは吹っ切れていたのである。 「空へ若竹のなやみなし」 若じぃはGoku住職から贈られた山頭火の句を目にし、吹っ切れていたのである。 ここ数年来続く飢饉のため大原野の村人たちはすでに働く気力を失いこのままでは将来のある子ども達までもが巻き込まれてしまう。 若じぃは無策な日和見主義者の集まりの政府に一策を投じるために江戸に向かったのであった。 途中、

私が夏に思うこと

私が夏に思うのは 故郷の山の濃い緑 うるさいほどの蝉の声 熱く蒸れた土の匂い 私が夏に思うのは 故郷の海の深い青 寄せる波は絶えることなく いつも独りを教えてくれた 私が夏に思うのは 冷たい雑踏と室外機の熱い風 孤独の街の白い無機質 私が夏に思うのは 能面を付けて歩く人の群れの中での 独りを告げる耳障りな足音 どちらも私たちが住む世界。 同じ青い空と白い雲が広がるが、同じ空の下の世界とは思えない。 何が違うのか、ただ私の勘違いであるのか、私には分からない。 住む場所、生活

猫の落とし物

暑中の冷たい床が好きである。 いつも裸足で歩くのである。 足底から身体の余分な体温は抜けていく。 その心地よさを私の足は感じる。 でも、昨夜は違った。 参った。 私の足は泣いていた。 踏んだそれを足は感じ、 私の足は泣いていた。 あの頃よくあった感覚を思い出していた。 「ああ、」 私の足は猫の剥がれた爪を踏んでいた。 死んだ愛猫を思いいつも裸足で歩いた私。 私の思いが天に届いたのであろうか。 盆にあいつが帰って来たのであろうか。 まだなにか未練がこの世にあるのであろうか。 「

夏を炒める

大根の旬を外れたこの季節荒目におろして飲む酒薫る この時期の大根は旬ではない。でも私は嫌いではない。冬の弾けるようなみずみずしさを持つ大根とは品種が違うのであろう。スーパーで目についたなんだか元気の無い大根を家に連れて帰り、おろしてガラスの器に盛るのである。そしてジャコか瓶詰のなめ茸をのせて、たらす醤油は気持ちばかり、酒は冷でも熱燗でもいい。それで私の夏はやって来る。 私の知るその頃の三河の夏は爽やかだった。朝早くから内海である三河湾の防波堤で一人釣り糸を垂らした。潮の匂

夢の話

私はあまり夢を見ない。正確に言えば私は夢を憶えていないのである。そんな私が記憶している昨晩見た夢はかなり不思議な夢であった。 夢の中で私はベッドで寝ていた。でも、寝ながらそこが私の部屋でも家でもないと分かっていた。目を開けてはいけない、目を閉じたままその時間をやり過ごさなければならないとも分かっていた。 普段であればそのまま、まどろみの中に再び落ちていくのだが、目は冴えてくるばかりであった。眼を開けてはならないとなぜ思ったのかそれは分からない。分かるのはその時に恐怖心も罪悪