カメラ内の録音リミッター比較

本項では、OM-D E-M1 Mark III と Lumix GH5M2 の録音に関する機能、リミッターについて、分析と、メーカーへの要望を述べたいと思います。

私が舞台撮影で映像収録をしているときに、一番困っているのが音源録音だ。

ダイナミックレンジの広い、ミュージカルと生声芝居が交じる舞台収録では、劇場にいても、声の小さい役者の声は耳ですら聞こえないような小声から、劇場が振動するような超低音を含む爆風の効果音までが、60分~120分程度の時間のなかに織り交ぜられており、それをノンストップで収録する必要がある。

昨今の世界事情に伴って、生配信をする必要が出てくる場合、一般的にはATEM Mini等でコンプを掛けたりするのだろう。

しかし、ワンオペで場所がなく、自前のパソコンシステムが組めない狭い現場で、このダイナミックレンジの広い音声をネットの向こうの誰かに届けるのは至難の業である。

そうなってくると、なんとかして、お手軽機材のリミッターや、コンプレッサーを内蔵しているPCMレコーダーなどを駆使して、マイクとカメラの間に機材を1台噛ませてダイナミックレンジの圧縮を試みるわけだが、現在、これの最適解を模索している最中だ。

そんな経緯の中で、一番身近である、カメラ内蔵リミッターの機能がどんなレベルのものか、2つのカメラメーカーのそれぞれのフラッグシップ機を比較してみることにしたので、参考にしていただきたい。

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下記1~6に示す手順で検証を行った。

1.
まずは検証用の音源として、音圧ダイナミックレンジの広い舞台録音の生録wavファイルを、ざく切りカットして、5分ほどの尺に収める。

録音データは、100人クラスの小規模な舞台で、劇場の最後方にて、ラインではなくエアーで録音したもので、音楽無しで役者が小声でぼやくような音から、爆発の効果音までが歪みなく録音されている。

これが実際に使った波形で、実際に私がとある舞台収録を行った時の元音源でもある。細かいひげのような波形が中央のブロックと右端のブロックに見えると思うが、これは舞台フィナーレの観客の拍手の音だ。

時間軸で50秒付近に大きな山があるが、これは効果音が入った瞬間の音圧だが、それよりも拍手の音圧が大きくて、それを音割れしないように収めるため、このようなレベル調整での録音になる。

波形が最も小さく、ノイズだと勘違いされそうな部分が、役者のセリフの音圧なので、これをそのまま配信で流そうものなら、到底聞き取れるレベルではなく、収録後の音源編集が必須となる。

同時に、これを生配信してくれ、と言われようものなら、真っ青レベルで、音どうしたら良いんだろう???という事態になり、コンプ掛けたい欲が湧いてくる。

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画像10

このレベルのダイナミックレンジを、ピーク-3dBというレベルで録音しきっている自分はなかなか大したものだと思っている。
なんせ、リハしてるわけでもなく、最初から最後までレベル調整をしていないなかで、これなので。。。

2.
次に、私が愛用している、オリンパス製の古いPCMレコーダー LS-14 という機種の出力端子から、ステレオミニプラグで、比較用のカメラのマイク端子にそれぞれ接続して録画をし、同一音源がカメラのマイク端子に入力されたときのリミッターの挙動を、録画した映像ファイルのwaveを見比べて、比較する。

リニアPCMレコーダー LS-14 | 音楽演奏 | オーディオ | オリンパス:カメラ、オーディオ、双眼鏡
https://www.olympus-imaging.jp/product/audio/ls14/index.html

3.
OLYMPUS LS-14 の再生条件は以下の通り。
再生音量30 (本機の最大音量)

OM-D E-M1 Mark III の録音条件は以下の通り。
風切り音OFF リミッターOFF ゲイン-10 (最小)
風切り音OFF リミッターOFF ゲイン0
風切り音OFF リミッターON ゲイン0

Lumix GH5M2 の録音条件は以下の通り。
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン低 -18dB (最小)
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン低 -10dB
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン低 0dB
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン標準 -18dB
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン標準 -10dB
風音低減OFF リミッターOFF ゲイン標準 0dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン低 -18dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン低 -10dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン低 0dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン標準 -18dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン標準 -10dB
風音低減OFF リミッターON ゲイン標準 0dB

GH5M2には、ゲインが2種類、低と標準が選べるようになっている。
内部処理がどう変わるのかよくわからないので、この機会に両方検証することにした。

Panasonic | DC-GH5M2 | 取扱説明書 | 音声の設定
https://eww.pavc.panasonic.co.jp/dscoi/DC-GH5M2jp/html/DC-GH5M2_DVQP2460_jpn/0079.html#00004

画像11

4.
両方のカメラ条件を合わせるために、どちらのカメラも、16bit/48kHz という録音条件に合わせてある。
録画されたmovから無劣化で PCM音源(wave)だけを抜き出して検証したかったので、映像からのwav抜き出しには XMedia Recode 64bit を使用した。

XMedia Recode - Video Converter
https://www.xmedia-recode.de/en/

しかしながら、結論を言うと、E-M1 Mark III は問題なく抜き出せたのだが、GH5M2 は音だけの無劣化抜き出しが出来なかった。

症状としては、XMedia Recode に無劣化出力である「コピー」の選択肢が出てこず、「変換」の選択肢しか出てこない。

挙句の果てに、変換を行っても、XMedia Recode が落ちる。

どういうわけか比べてみたところ、オリンパスのファイル形式はリトルエンディアンで、パナソニックのファイル形式がビッグエンディアンになっていることがわかった。

画像6

これは単純に、XMedia Recode がビッグエンディアンのPCM音源を出力することができない仕様によるものと思われるが、そもそもこの、リトルエンディアンとビッグエンディアンの違いがよく分かっていないので、「物申す」ほど、知識がないのが残念なところ。(昔から言葉は知ってるんだけど)

5.
仕方がないので、別のツールを使おうと考え、思いついたのが、往年の映像編集ソフト、AVIUTL だった。

AviUtlのお部屋
http://spring-fragrance.mints.ne.jp/aviutl/

こいつで、WAV出力を選び、再圧縮無し、にチェックをいれて書き出すと、ソフトの仕様上は変換無しでwavファイルが吐き出される。

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画像7

wavファイルの書き出しに、見事成功した。

6.
上記の手順によって、E-M1 Mark III と GH5M2 のカメラで録音したままの音源wavファイルを生成し、誰でもお手軽に試せる、Sound Engine Free というソフトに突っ込んで、波形を見比べることにした。

SoundEngine Free/Pro【音楽編集・音声録音フリーソフト】
https://soundengine.jp/software/soundengine/

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結果波形
というわけで、波形をご覧いただこう。

グラフは、1画面につき、4ファイルを連結して表示させている。
1ファイルのファイル長は5分2秒。(中途半端・・・)
1ファイルごとに、よく見ると太い黒縦線が入っているので、そこで切れ目を区別してほしい。

こちらが E-M1 Mark III の波形パターン

画像1

実はこれを見て、驚いた。
メーカーが同じだからなのか、たまたまなのか、よくわからないが、PCMレコーダーの出力を最大にして、E-M1 Mark III の録音ゲインを最小にすると、音圧レベルが、ほぼぴったり揃った形だ。

LS-14というPCMレコーダーは、型落ちしていてかなり古い機種だが、同じメーカーで揃えると、こういうミラクルが起こるのか、と嬉しくなってしまった。

リミッターの効果確認という意味では、右側のふたつの波形比較が好ましい。
同じゲインの設定で、リミッターOFFとONが並べてある。

リミッターONになっている一番右側の波形を見ると、レベルが0dBに届く手前の-1dBあたりで波形が張り付いており、頑張って抑圧してくれていることがわかるのだが、残念ながら、0dBまでひげが何度も突き抜けており、リミッティングに失敗していることがわかる。

実際に録音された音を聞くと、リミッターOFFのものは、ほぼ全域バッギバギに音割れしている、、、のかと思いきや、そうでもない。

これがオリンパスのへんなところで、リミッターがOFFになっていても何らかのリミッターが働いているようで、音圧が明らかに抑圧されて、低音が繰り返されるような音楽の領域では、音圧が上下に振れて不自然に聴こえる。

当然、本当に大きな音が入ってきたポイントでは、バギバギと音割れ音が録音されている。

続いて、リミッターONの音源を聞いてみると、同じポイントでバギバギ音割れが聴こえる。
これもオリンパスのおかしいところなのだが、波形は0dBに到達していないところで、音割れ音がする。

実は、オリンパスPCMレコーダー LS-14 にもリミッター機能が付いているのだが、同じ挙動を示す。

取説にも、大きな音圧が入ると、0dB以下でも音割れすることがある、と記載があって、何を信用したらいいのか分からないのが、オリンパス機の録音機能である。

話を戻して、E-M1 Mark III のリミッターだが、
・リミッターOFFでもリミッターの挙動で音圧が揺れるし、
・波形は0dBに到達してなくても音割れするし、
もう、どうしようもない子である。

それから、リミッターのアタックタイムやリリースタイムが、かなり短い気がする。

特にリリースが早いせいで、バスドラが打たれた瞬間に音圧が下がり、次の拍が来るまでに音圧が戻ってしまうので、音楽に対してはまるっきり不向きなリミッターが内蔵されている。

もしかしたらトーク用のリミッターとしては良いのかもしれないけれど、くれぐれも、オリンパスのカメラのリミッターを、音楽イベントや、ダイナミックレンジが広い収録時に、積極的に使おうと思ってはいけない。

波形だけ見ても面白くない、というかもしれない。
音をお聞かせ出来ないのが残念だ。

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といわけで、パナソニックのカメラのリミッターを調べていきましょう。

最初に、GH5M2の、ゲイン低・リミッターOFFパターン

画像2

ここでお気づきの方もいるかも知れないが、E-M1 Mark III  と比較をすると、最もゲインを小さく絞ったときでも、G5M2のほうが、明らかにゲインが高いのがわかるだろう。

マイク側の出力ゲインが大きいとか、ライン出力をつなぎたいようなシーンでは、GH5M2は、ゲインが標準と低で切り替えできるのにも関わらず、低の最小-18dBに設定しても、まだオリンパス機よりもゲインが高いのである。

これは、オリンパス機がパナソニック機よりも、音声に関するS/N比を稼ぐ上では有利に働く可能性があることを示している。

外部マイクの出力が十分に大きければ、カメラ側のゲインを下げるほど、カメラ内ノイズを増幅してしまう可能性が低くなるだろうと思う。

実際私は、E-M1 Mark III で収録するときには、ゲインを最小の-10dBに設定しているので、いままでもその恩恵に与れていたとも言える。

リミッターなしの音源を実際に聞いてみると、オリンパスとは異なり、極めてリニアな聞こえ方をする。
このくらいまでのレベルだと、拍手で瞬間的にピークを超えたものについては、正直音割れしたとは気づかないが、効果音などでは確実にバリバリと音割れをしている。

しかし、リミッターOFFにしているのだから、音割れは音割れとして聞こえて欲しいので、モニタリングすれば非常にコントロールし易い挙動とい言えるだろう。


次が、GH5M2の、ゲイン標準・リミッターOFFパターン

画像3

ゲイン低と標準の挙動を比較する以前に、バッキバキに音が割れていて、もはや何を聞いているのかわからないレベルである。

もちろん、波形の合間を拡大すれば、音楽無しのセリフのみのシーンでは、実はこのくらいがちょうど音圧が良くて、非常にクリアに聴こえるレベルだ。


次が、GH5M2の、ゲイン低・リミッターONパターン

画像4

お待ちかねの、GH5M2 のリミッター機能はいかに!?

波形をみていだくと分かる通り、E-M1 Mark III のリミッターを効かせた波形と比べると、-1dBで張り付いている様子もなく、ほぼほぼ0dBに連続して到達してしまっているように見える。

これは失敗か?と思いきや、音源を聞いてみると、あらビックリ。
全く音割れしている様子がないのである。

上記画像の一番右側の波形を拡大してみると、まだまだ余裕がありそうだ。
拍手の音は潰されているが、このリミッター具合だと、もっとゲインを上げても粒が揃えられるかもしれない。

画像12


次が、GH5M2の、ゲイン標準・リミッターONパターン

画像5

先程よりも、思いっきりゲインが上がってきたので、流石にこれは無理だよね(笑)

というわけで、一番右側の波形を拡大してみる。

画像13

あれ?
これさっきの波形とほとんど同じでは・・・?

というわけで、結果は驚き。
ゲイン低からゲイン標準に変えると、取説どおりであれば+12dBほど持ち上がるはずなのだが、波形は全く破綻しておらず、拍手の突発的な音圧変化を残しつつも、音割れしないレベルに完全に調整されているのである。

再生音源の、だいたい同じところを揃えて拡大してみたので見比べてみて欲しい。

画像14

この波形が、カメラ内のリミッターで、もうひとつ上の波形に整えられて出てくるのだから、これはたまげたリミッターの効果っぷりである。

拍手のの音圧があるところとないところで、音圧が揺さぶられることもなく、音楽が無くなってセリフのみのシーンになると、緩やかに音圧が上がっていき、余裕で聞き事れるレベルにまで到達する。

かと言って、突発的な大きな音が入ってきても、全く割れることなく、しっかり音圧を素早く抑えにかかってくれる。

一体全体、このGH5M2のリミッター機能は、どういう仕組なのだろうか。
まるで先読みしているかのような出来の良さだ。

リミッターを効かせながら音を録音することは、決してハイファイなことではなく、本来はやはり、リミッターを使わず、0dBをオーバーしないように、フルレンジを使い切る収録がベストなのだろうが、ケースバイケースで、音質よりも聞き取りやすさを重視しなければならないシーンでは、GH5M2のリミッター機能は大いに役立つものだと考えられる。

オリンパス機を使うなら、リミッターを使わずに、絶対に音割れさせないようにレベルを低く収録することが必須である一方で、

パナ機を使うなら、リミッターを積極的にガンガン効かせるようなハイゲインでの録音を行い、撮って出しでも音圧レベルが整音された音をゲット出来てしまう、というミラクルスタイルが考えられるわけである。

私が受け持つ映像配信レベルでは、パナのカメラ内リミッターをしっかり効かせて配信するレベルで、十二分に視聴者は満足してくれるのではないか。

この実験をした結果、ZOOM社のコンプレッサー/リミッター内蔵PCMハンディレコーダーをポチる寸前になって、踏みとどまっている状況である。

GH5M2のカメラ内で、リミッターを効かせない音も同時収録できたら最高なんですけどねぇ。

まとめ
・E-M1 Mark III 、いやオリンパス機全般に言えることですが、リミッター機能の挙動が意味不明です。
(E-M5 Mark II 、E-M1 Mark II も使ってきて、PCMレコーダー含めて全部挙動同じ!)

OFFのときはOFFであってほしいし、ONのときはもっとちゃんと効いて欲しい。
ONにしてても音割れするリミッターは効きが弱すぎる。

・劇場配信、音楽配信の現場で、いまのOM-Dのリミッター機能は使い物になりません。
リリースタイムが短すぎて音圧復帰が速すぎるせいで、音楽にリミッターがかかると音圧にゆらぎが発生します。

・GH5M2は、リミッターの機能が素晴らしいので、もっと技術的なアピールをしても良いと思います。

・GH5M2は、リミッターをガンガン効かせて視聴しやすくするモードを、配信機能とセットで謳い文句にすると良いのではないでしょうか?

・GH5M2は、欲を言うなら、リミッターONの音源と、リミッターOFFで-20dBくらい小さい補正前音源の両方を同時収録できるといいなと思います。
(PCMレコーダーだとゲインを下げた録音をバックアップ収録できる機種があるので)

両社への共通要望
・リミッターはあるのに、コンプレッサーがカメラに載ってないのはなんでですか?
コンプレッサーもカメラに実装して欲しいです。

・リミッターにしてもコンプレッサーにしても、スレッショルド、アタックタイム、リリースタイムのパラメーター調整をカメラ内でできるようにしてほしいです。
細かく調整出来なくてもいいけど、せめて5種類くらいの、現場に応じて使い分けられるプリセットとかを入れてほしいな。

・カメラ内蔵リミッターのスペックを取説に記載して欲しいです。
スレッショルド、アタックタイム、リリースタイムの記載があれば、自分が使いたいスペックに対して、マッチするかマッチしないかが判断付くのに、今のカメラはテストしないと分からないのが不満です。

・リミッターとは関係ないけど、そろそろ32bitフロート録音をカメラに実装しませんか?


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