見出し画像

芽吹く夜の香り

「じょ、冗談きついわ双葉はん。こんないたずらはメっ!やで」
「冗談でこんなことするかよ、香子」
夜。寮の部屋。香子が双葉に押し倒されていた。
香子は両腕を掴まれ、顔の横に押し付けられている。
一瞬、沈黙。
「な、ほな、誰か呼ぶ…ぅっ!」
思い出したように暴れるも、抜け出せず、そう言って声を出そうとした香子の唇が、柔らかいもので覆われた。
ん、んン……
くぐもった声はやがてやみ、香子の瞳はトロンと蕩ける。
舞台少女としてお互い鍛えられている以上、本気で抵抗すれば、抜け出すことくらいはできたはずだ。だが、しなかった。
つまり、そういうことだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

やがて双葉は腕を離し、少しだけ(ほんの少しだけや。と言うだろうが)、秀でた体格の香子に身体を預ける。
その重みが、熱が、愛おしいものに思えた。
水音を引きながら、ふたりの唇が離れ、銀糸が名残惜しむように掛かる。
「香子、好きだ」
「し、しっとるけど……」
先ほどの香子と同様に、潤み、蕩けた瞳が、至近で彼女を見つめる。しかし、彼女にはそれをまっすぐ受け止めることができなかった。
再び、接近。しかし、今度は抵抗せず。
唇は香子の頬を撫でるように擦過し、今度は首筋に吸い付く。一瞬のくすぐったさと、鈍い痛み。
身体の奥が疼くように熱くなる。
知らず、自由になったはずの腕を双葉の後頭部に這わせる。
そして双葉の手が香子の服の中に潜り込もうとする。
(さ、さすがにそれは……!)
ひんやりとした指がパジャマの間から……間から?
「今日のウチ、パジャマだったけ?」
「そんなことも覚えてねーのかよ」
「はれ?」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「ゆ…め…?」
「んん…なんだ?香子、トイレか?一人で行け…よな」
「ゆ、ゆめ…」
ぱ、と開けた前には、部屋の天井。知ってる天井。
(〜〜〜〜!!!)
香子の顔がゆでダコの様に紅潮する。
なんちう夢を…とうわ言のように繰り返す。あんな破廉恥な夢を。と。
ひとしきり無言無動作で悶えた後、ようやく布団を抜け出した香子は、水でも飲んで寝ようと考えた。ちなみに今日は寝間着ではなくパジャマを着ていた。
外の冷気が部屋に忍び込んで、肌寒い。しかし、香子はすこし汗ばんですらいた。
再び、言い様無い感情。
ふと香子が目をやった場所には、常夜灯の橙色でうっすら浮かぶ双葉の顔。そして、柔らかそうな唇。
「双葉はん…」
夢で啄ばまれた首筋に、じんわりと幻痛がした。

おわり

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。