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AA! アイドルゼロ 妖精が生まれる聖夜 #パルプアドベントカレンダー2022

第一報 20xx年12月24日午後3時16分
年末という時節柄多数の人出があるS谷区中心の大型交差点。子供のような・・・・物体を撥ねたと警察に通報あり。巡回していた警察官が急行。事故車両を検分し衝突痕を確認するも件の物体・・は発見できず。
時間を前後し救急車到着。搬送すべき対象者が存在しないため現地待機。

被疑者が芸能人の女性のためネットニュース化。一時群衆が集まったことを鑑み、聞き込みを警察車両内にて行う。

第二報 同27分
第一報の地点から約200m離れた場所にて動物(赤いサルと表現)に襲われたと救急通報。先だっての待機救急車から徒歩で隊員二名急行。追って警察に情報共有。加害した動物が行方不明のため警察官の追加派遣を要請。しかし対応できる人員がおらず断念。

被害者はサンタの扮装をしていたフリーター男性。爪牙の類ではなく鈍器による打撲創。隊員が救急車へと案内。

第三報(本件) 同50分
街頭カメラにて記録。
第一報にあった大型交差点中心に突如漆黒色の球体が出現。通行中の先頭車両が回避しようとして7台が絡む事故。各車低スピードだったため、この事故での直接的な被害は軽微。自車の状態を確認しようとした男性一人が車外へ脱出。

ほぼ同時に不明生物群が球体から”湧き出る様に”出現。男性に群がり加害。内3体が約10分にわたって執拗に暴行。脳挫傷による死亡。死亡時刻未詳。
その他の不明生物群十数体が事故後停車していた車両の男女らに襲い掛かり多くが死傷。車両内に避難するもドアを引き剥がし侵入してきたと記録される。

第一報で現地にあった警察官が交差点を緊急的に停止するが交差点内の事故車両以外の自動車のうち複数台がその場から離れるため暴走状態に陥り、信号待ちのため道路際に居た歩行者らに飛び込む。複数死傷したものとみられるが、詳細特定は不可能。

前記警察官が事故発生を認識するが不明生物群による被害確認を優先。所持していた警棒で仮に武装し向かう。約10mの距離から不明生物群を視認。

「ゴブリンがいる。赤と緑のまだらの」と報告。その後襲われ死亡。

AA! アイドル特別編
妖精アイドルの生まれる聖夜よる

「有害鳥獣駆除の災害派遣……?」
「うん。T京は都会だからさ、警察の次の猟友会の代わりに、我々自衛隊なんだってさ」

 T京、S宿区。
 一様に鉄棒でも入れているんじゃないかというほど見事に背筋を伸ばして直立した二十名ほどの面々の中の一人 上赤うえあか浩史ひろしが、彼らに向かって立っている中年男性 李野りの順光じゅんこうに怪訝な顔を向けていた。李野は引き締まった視線を受けながらも、妙にリラックスした雰囲気だった。

「自衛隊と言っても……なんで我々が……? えーっと……M黒の方が近いですよね。ここよりは……」
「そっちにも同時に出動が要請されてるみたいだね。ところで野間ちゃん、地理は兵隊さんの必須科目よ?」
「す、すみません……各区同士の遠近がまだ曖昧で……」
 自衛隊全体から見れば珍しいことに男女比が女性に傾き、更に言えば平均年齢がかなり若いという集団に、朗らかな笑いが起こる。野間ちゃんと言われた女性隊員が恥ずかし気に身を縮めていた。
 しかし、厭な笑い声ではない。野間詩英理。その身体は長身と言っていい方だし、将来的には可愛いというより美人になりそうな気配を漂わせているにも関わらず、どこか少女の様な雰囲気が皆に愛される所以だった。

「いや、そもそも我々が現場に向かわされる方がおかしいでしょう」
「まあ、そうだよねえ」
 笑いはすぐ止み、再び先ほどの……隊内でいわば副官のポジションである上赤がそう発言すると、彼らの長たる李野は何か思うところがあるのか言葉を切る。

 防衛省技術研究本部独立技術推進センター。 
 センターとは名ばかりで、庁舎の一角を間借りしているだけの集団。
 その中で実働部であるのが彼らである。

 時刻は午後3時45分で、要請が出されてからおよそ20分程経とうとしていた。
 経とうとしていた。と言っても、要請から下命までのタイムラグがあまりに短い。

 先程の規律の緩んだ笑い声も、これを隠すためか。次第にピリッとした空気が流れる。

「あ、李野隊長! 装備はAAを是非持って行ってくださいね。指揮輸送車も公道デビューですよ。公道デビュー!」
 そんな雰囲気をぶち壊したのは、ひょろ長い。としか言いようのない印象の男性の声だった。制服もサイズ感がおかしく、オタクのコスプレ感がある。

頼見たのみセンセイ……今日も長いですね。縦に」
「……怒ってます?」
 おかしな空気に遅れて気付いたか、李野に頼見と呼ばれた男性は気まずそうにテンションをやや下げる。

 頼見和斗かずと。実働部と対を為す研究部の長であり、AA……アーマー・アラウンド全領域機動装甲服と名付けられた装備の基礎設計を個人で全て行った紛れもない天才だが、李野に比べれば圧倒的に若く、どちらかと言えば上赤と世代が近い。

「被害が出ておりますので。して、我々、命ぜられれば抗命できないことは言うまでもないことですが、なんだかおかしな・・・・ものを感じています。何か、ご存じありません?」
「いやあ……どうでしょう」
 若き研究者は思わず顔を逸らす。どこまで見通しているのかわからない李野の視線は、捉えどころのない頼見の数少ない苦手なものの一つだった。

『李野小隊長、緊急です。要請のあった現場が急変。不明な生物が多数。民間人を襲っています』
「……は?」
 だが、ほぼ同時に届いた通信により、それは有耶無耶にされてしまった。

☆☆☆☆

「拳銃だけじゃなく短機関銃も持っていく。それと、センセイの言う通りAAもだ!」
 李野の声は、和弓の弦のような耳触りをする。と詩英理は思っている。
 口調こそ変わるが、それを除けば普段と比べて特段声を張り上げるわけでもないのに、常に、どこまでも、狙いを定められているような気持ちになるのだ。

「何と戦う気なんだ……?」
「有害鳥獣駆除だろ……?」
「……そろそろAA装備の装着を開始しろ。到着次第、そのまま出るぞ!」
 更に畳み掛けられる李野の言葉に困惑の気配が広がる。一刻の猶予もない状況であるのに? と。

 特殊装備・AAを装着する装着者。
 装着と活動を補助する補助者。
 そして現地で随伴し適宜支援行動をする支援者。

 この三者でチームを組むため、普通装備の積み込みが支援者のみになってしまう形になる。

 しかし、目線を交わしたのは一瞬。件の装着者と補助者は大型トレーラーを改造した指揮輸送車内へと乗り込み、背丈ほどもある格納コンテナからそれ・・を取り出して詩英理らは装着を開始する。

 AA装備の実験こそがこの集団の目的である。あるのだが、庁舎内ではもっぱらコスプレ集団というレッテルがその上から貼付されているのが現状だった。

 全領域と言いつつ基本は走行補助で、ごく短時間の飛行か数回の大ジャンプをすると切れるエネルギー。水中対応は未定。奇人の頼見。武装可能な装備は歩兵と大差なし。大学サークルかと見まがう平均年齢。頼見は変人。
なお、デザインはやたらと格好良い。

「支援者乗車! メディア情報だが、死者が出ているみたいだ」
 その時、上赤の言葉が響いた。ほんの僅かに声が揺れている変化を聞き逃す隊員はいない。

「なんなんだよ……?」
「殺人ザル? なんでそんなのが、国内にいるのかしら……」
 詩英理らは普段通り以上のスピードで装着を完了し、支援者も含め全隊員が二台の指揮輸送車に分乗完了。
 この時刻を以て活動が開始。

 後世、イブ前夜祭と呼ばれるその日は、そうして始まった。

☆☆☆☆

「ショッキングな映像となっています。あえて近くに寄らないようにしております。イブのスクランブル交差点を舞台に、凄まじい量の流血が、この距離からでも……』
 現地到着まで残り僅か。李野の許可の元、少しでも情報を収集するために上赤が私物の携帯端末で映像ニュースを流していた。

『不明生物……通称ゴブリンと呼ばれている生物が……』
「うっ……」
 ヘリから空撮しているらしいカメラマンがズームを掛け、それを見た詩英理が息を呑む。
 その光景は酸鼻を極めていた。

 ホリデーシーズンだという時期を考えればあり得ないほど閑散とした巨大な交差点。中心では複数の自動車が絡み合う様に事故を起こしており、歩道にも乗り上げた自動車が煙を上げている。そして、道路上にまだら模様に血溜まりが広がっており、そこにはピクリとも動かない男とも女とも分からぬヒトが倒れている。
 それらの周りには、小さな影……ゴブリンらが跳ねる様に動いており、先んじて到着していたらしいM黒の自衛隊員らが応戦しているが、射撃を躊躇している隙に飛び上がった小さな影に打ち据えられる。

(M黒の警務隊じゃなくて、通常の部隊か……?)
 その断片的な映像を目にした上赤は僅かな違和感を覚えるが、今追求しても意味のないことだと心に収める。

「駄目です! 逆流する車に阻まれてこれ以上近づけません!」
 そうしていると、車両を運転していた隊員が焦りを押し殺した声で報告をする。李野が室内モニター越しに前方を確認すると、確かに周囲には警察の誘導でも処理し切れない一般車両で溢れ、ヨーロッパ製の特大車両を改造した車体が災いし、これ以上は進めそうもなかった。

「仕方ない。AA起動。出動準備。こんなお披露目は不本意だけど、こういう時のための飛行能力なんだろうからね」
 李野はそう指示しながら、殆ど声に出さず、
 ……いや、つまり、このためにセンセイはAAを……?
 と、頼見に対して得体の知れない感想を抱く。
 そして車両を目一杯道路中央部に寄せると完全に停車すると、特に耳を傾けなくとも、周囲は異様な喧騒に包まれていることがわかった。

『本車両の進行方向左側が開放されます。危ないですから、周囲の方は本車両から離れてください。繰り返します……』
「なんだ……?」
「トラック? 自衛隊の?」
 車外スピーカーからアナウンス音声が流れ、先んじて降車した”支援者”隊員が周囲に散らばって警戒をする。同時にアウトリガー安定補助脚が四本足の様に展開され、トレーラー左側面が開放され始めると、機械的な作動音が響いた。
 それに加え車内設備用の発電機が稼働開始し、吸気音や回転音等が複合した甲高い音色を重層的に響かせ始める。

「……なんか注目されてる」
 ふと、誰ともなく隊員が呟く。
 注意を促すアナウンスや耳慣れない音が鳴り続けることにより、一般市民の視線を一身に集める存在となっていた。

「これさあ舞台みたいじゃない?」
 そして、歩行者からはそんな声が漏れる。
 その言葉の通り、トレーラーコンテナの横腹が展開されたそれは、一見するとからくり仕掛けの張り出し舞台エプロン・ステージの様に見えなくもなかった。

『全装備オンライン。装着者は一番から順次発進、どうぞ」
 だが、浮き足立つのもここでおしまいだ。
 夕刻に近づき冷え切った空気が車内に滑り込み、詩英理は口元をぎゅっと引き締め、バイザーを引き下ろした。

☆☆☆☆

 S谷交差点。
 頭を自らの血で真っ赤に染めたその自衛隊員は、地下鉄への出入口に身を隠す形で倒れ伏していた。

 本来、N馬の所属である彼は、都市内移動訓練を名目にM黒に移動していたのだが、突然の命令によりここに召喚された。

「ゲキャ!」
「あ……やめ……やめ……」
 交差点の反対側、ゴブリンがどこからか男性を連れてきたかと思うと、すでにグッタリとしていた彼を手にした斧か棍棒のようなもので激しく殴打し、ぶち撒ける様に血を路上に塗り拡げる。

「ああ……くそ……」
 自衛官は奥歯を噛み締めるが、朦朧とした意識を保つだけで精一杯だった。

『不明生物……通称ゴブリンと呼ばれている生物が、今、血溜まりで……んぐっ……失礼しました……帽子の様なものを……』
 街頭ビジョンで流れているのは先ほど上赤らが見ていた報道番組であろうか。その音声の通り、ゴブリンらは血溜まりに粗末な帽子を浸したかと思うと、丁寧に染み込ませてゆく。
 黒ずんでいたそれは見る間に鉄錆の色に、そして鮮赤色に染まってゆき、なにか超自然の出来事を感じさせた。

「ゲキャキャキャ!」
 更には、心底楽しそうな様子でその血溜まりの中で転げ回ると、緑色の身体をその血色に塗れさせてゆく。

(助け……助けなきゃ……)
 そう思っているところに、まだ幼い少女らが連れ込まれてゆく。一人は黒髪でもう一人は深みのある金髪だ。
 遠くで発砲音が響くが、それは短い間ですぐ消えてしまう。

(あの子たちも……?)
 そう思ったとき、彼は身体を強いて起き上がらせていた。

☆☆☆☆

「ユニット1番、S谷交差点手前です。降着の指示を」
「同じく、ユニット2番、交差点に到着します」
「ユニット3番、対象生物、及びそれに対抗する先行の自衛隊員を目視。その後ろに市民少女二人」
 詩英理が試作型の神経接続デバイス越しに、指揮輸送車に通信を飛ばす。続く隊員……彼女と同じ女性であるユニット2番・日村とユニット3番・大泉寺も同様に報告した。

 腰部に装着された大型リュック大の本体コア装置から太いエネルギーラインが外骨格装備の各所へと走り、鈍く発光しつつ彼女たちの身体を空中に浮遊させていた。

『降着位置の判断を委譲。脅威への射撃を許可。まだ、逃げ遅れた市民が居る』
「は、はい!」

 詩英理は内心焦る。正直、飛行可能時間の制約から言えば一秒も無駄には出来ない。
「横断歩道近くに降着します。目視リンク。生物を私が排除します。2番、3番、降下してください」
 詩英理らはほぼ足から落下するような勢いで降下しながら、装備保持用の副腕を引き出し、空中から短機関銃を構える。

「射撃!」
 タタン、タタンとセミオートで撃ち出された銃弾が狙い過たず二体のゴブリンの胴体を貫き、人間の子供程の体躯が弾き飛ばされる。

「な、なんだ!?」
 同時に、目の前に降り立った二人に先着していた自衛隊員は驚きそんな声をあげた。宙から人が降りてくることなど考えていないため、そうとしか言いようがないのだろう。

「技術研究本部独立技術推進センター所属、大泉寺です。救援に参りました。状況を教えてください」
「りょ、了解した。N馬所属の東郷だ。……我々は移動訓練の途中で突然呼び出され、二小隊12名で来たが……何人かは倒され、他の者も散り散りになってしまっている」
 そう言う彼の姿は血に塗れ、左目は固く瞑られている。そして、右腕は滅茶苦茶にへし折れていた。

 その横に、詩英理が着地し、日村と共に周りを警戒する。
「この子らを早く遠くへ。君たちが来てくれてよか……危ない!」
 赤と緑の影が突如として日村へと躍りかかり、東郷に咄嗟に引き倒されたおかげで寸でのことで避ける。しかし、すぐ横に着地した瞬間毬が跳ねるようにすぐさま立ち上がったそれは、先ほど撃ち抜いたはずのゴブリンだった。
 緑色の胴体にぽっかりと開いた穴の内側から黒い何かがあふれ、日村の目の前でぶすぶすと音を立てながら傷が塞がる。安っぽいCGのようだな、と彼女は思った。

☆☆☆☆

「ゲギャアアア!!」
 ギザギザとした乱杭歯を剝き出しにしてゴブリンが叫び、日村に手にした棍棒で殴り掛かる。彼女は反射的に手で受け止めるが、体勢が悪く押し込まれる。
 それでなくても、この体躯からは考えられないほどの怪力だ。

「拳銃を借りる!」
 日村の腰に提げてあった拳銃を抜き放ち、東郷が至近距離からそのゴブリンの側頭部を打ちぬいた。そこから噴き出したのは血でも肉でもなく、ただの真っ黒な液体だ。

「詩英理さん!」
「は、はい!」
 そして、詩英理と大泉寺もそれを見ているばかりではいられない。先ほど倒した二体目のゴブリンも立ち上がり、詩英理の方へ迫りつつあった。だが、その狙いは後ろにうずくまっている少女たちだ。

 黒髪の方は恐怖で身を強張らせ、彼女に抱きかかえられた金髪の方はぐったりとして意識が感じられない。

 ゴブリンが驚くほどの機敏さで詩英理と大泉寺二人の間をすり抜けんと駆ける。

(銃撃。拳銃。いや、ダメ)

 詩英理は一瞬で思考する。手にある短機関銃では抜けた弾が跳弾し少女らが危険。拳銃の抜き撃ちは間に合わない。先ほどの東郷の射撃の腕は卓抜したものだ。

「このぉっ!」
 そう思った瞬間、思考に反応して光輝するエネルギーラインが一際強く発光し、滑るようにゴブリンの至近距離まで接近する。地面にアイゼンをロック。そして、キューン! と詩英理の外骨格に内蔵された人工筋肉が絞り上げられ、増強された脚力でゴブリンの矮躯を思い切り蹴り飛ばした。

 だが、装甲された爪先越しとはいえ、足に伝わる感触は予想に反して異様に重く堅い液体を蹴ったような、おかしなものだった。一瞬遅れてゴブリンが吹っ飛ぶ。

 転がる。転がる。しかし、またもゴブリンは何でもないように立ち上がった。

「自動車くらいなら蹴り飛ばせる計算なんだけれど」

 大泉寺が感情の消えた声で呟いた。

☆☆☆☆

 手詰まりだ。詩英理は必死で考える。

 日村と東郷も起き上がりそれぞれゴブリンに向かい合うが、いよいよ彼を奮い立たせていたアドレナリンが切れたのか歯を鳴らしながら脂汗を流し始めていた。頭と右腕の惨状からすれば、意識を保っている方がおかしい。

 最優先事項は何か。せめて少女たちを逃がしたい。詩英理は再び武器を構える。

「……日村隊員。東郷隊員と市民を伴って警戒しつつ後ろへ」
「しかし! いえ、了解……」

 そう言う彼女の表情は悔しそうだったが、先ほど打撃を受けたせいか本体コアのエネルギー残量の値がほぼ最低ラインになっていた。打撃攻撃の軽減に消耗したと推測される。このままでは、数十キロの重石を着て歩くことになる。

「野間班長……詩英理さん! 無事でまた、会お?」
「うん、きっと。またね」

 日村は詩英理と言葉を交わしあい、金髪の少女を背負った東郷と黒髪の少女を挟むようにして、交差点から離れる用意をする。

「あの……ありがとうございました! 本当に本当に、ありがとうございました!」

 そして、恐怖からずっと黙り込んでいた黒髪の少女が二人に礼を言う。

「頑張って……頑張ってください!」

 同時に、それを合図にしたかのように、焦れたゴブリンががむしゃらに棍棒を振り回し詩英理と大泉寺に跳ぶように躍りかかる。

「そんな化け物……やっつけて!」

 背にその言葉を掛けられたとき、詩英理は活力が湧くような気がした。

☆☆☆☆

 ここは日本の中心地よね。と、イヤーマフ越しに延々と続くヘリの爆音で頭の奥を痺れさせながら、女性リポーター・三保は考える。

 S谷交差点で大事故発生という報にすぐさま飛び立った彼女らは、カメラに映される現場の光景に目を疑った。

 人口密集エリアで複数台の車が絡んだ玉突き事故でこんな惨状が引き起こされたのかと目を奪われたが、いくらなんでもここまで凄惨な状態になるわけがない。
 中継に先立って様々な箇所を撮影する中、コレ、なんですかね。と言うカメラマンが限界までズームした映像には、小鬼としか言いようのないなにかが、人間をめちゃくちゃに暴行する姿があった。

 映画撮影? などという間抜けなアイデア考えが頭に浮かぶが、そんな訳がないことを直感的に理解する。
 これはテレビに流せない。
 刺激的な画面になればいい。などというレベルではなかった。普段は、どちらかといえば俗的な人間だという自覚はある。しかし、現実に起こる過剰な暴力を垂れ流しにしていいと思うほど腐ってはいない。そうディレクターに直接掛け合うが、返ってきたのはその何段も上の人間、報道局長からの、絶対に映し続けろという不可解な指示だけだった。

「あの! 三保さん!」
 映像を一旦スタジオに返し、ぼんやりと思い返していた彼女に、再びカメラマンが声をかける。

「なに?」
「これ見てください。このゴブリンの動き」

 そう言って今さっき撮ったらしい映像を映す手元の画面には、小柄な自衛官の姿。そして、交差点の端に差し掛かったゴブリンが不自然に踵を返す様子が映っていた。

 それは、交差点からは出ない。出ようとしない。そんな風に見えた。

☆☆☆☆

 ゴブリンの棍棒が強かに詩英理のボディアーマーを打ち据え、貫通した衝撃が息を詰まらせる。考えるより先に手にしていた短杖……唯一残ったAAの固定装備だった……を振り回し、小鬼の顎をカチ上げて距離をとる。

 日村らの去った方向に近づけさせないため、ゴブリンごと交差点の反対側にまで移動していたが、そこには別のゴブリンと、赤い水たまりと、迷彩柄があった。

 全員ではない。
 当初逃げ遅れた市民は、きっと彼らが助けた。

 そう自分に言い聞かせるように心の中でつぶやくが。

「くそ、クソくそクソくそクソくそォ!」

 涙が溢れてくる。視界を確保しろ。泣いてどうする。

 大泉寺ともはぐれ、李野ともなぜか通信がつながらない今、詩英理はもう自分が何をしているのかわからなくなっていた。

『皆さん、御覧ください! まだ一人の女性自衛官が! 交差点内でゴブリンを押し留める為に戦っています!』

 そんな時に、街頭ビジョンから声が響いた。

『皆様! 画面の前で応援ください! 彼女を!』

 何を言っているんだ? と詩英理は混乱する。押し留めるどころか、逃げ回り、助けたのは少女くらいで、何も。誰も。

 そんな彼女のみじめな気分とは反対に、本体コアが異常な発光を開始していた。

☆☆☆☆

【ユニット1、反応拡大】

 独立技術推進センター、研究室。
 本来指揮所となるはずのそこは、今日は人が出払ってとても静かだ。

 そこに、白色の光に照らされて尚なまっちろい、頼見の姿があった。

「ユニット1、野間ちゃんか」

 彼を囲む三面のモニタのうち一つが六分割されていたが、もう現場を映しているのは一つだけだった。それを拡大した彼は、李野と対応したときとはまるで違う、ひどく絶望的な表情を浮かべていた。

「失敗したら、彼女は死ぬ。でも、このままじゃみんな死ぬ。
 ……馬鹿言うなよ。後者が前者を正当化なんてするものかよ。何もしない第三者が多数のために犠牲になれと、なんで言っていいってことになる」

 そう言う彼の言葉は憤怒に塗れていた。その感情とは切り離して、立ち上げたコンソールを凄まじい速度で操作していく。

システムステージ開始開幕サテライトスポットライト定位置へ移動彼女を照らせi装備衣装転送を開始ドレスアップ

公衆興波発動機構ジョイ・エンジン、本格起動】

「……ショウマストゴーオンなんて、言うものかよ」

 研究者は、吐き捨てるようにそう言った。

☆☆☆☆

「何? 何なの?」

 夕方の闇が後ろからの光で照らし出され、何かと振り返れば本体コアが強烈に発光していた。それと同時に、バイザー全体に夥しい量の文字列が流れる。

『野間さん。頼見です。これは通常とは違う回線で話しかけてます』

 そして、ずっと沈黙を続けていたインカムから流れてきたのは頼見の声。

『慰めにはならないけど、日野さんと、大泉寺さんは無事を確かめてあります』

 先ほど突き飛ばしたゴブリンが活動を再開し、詩英理に襲い掛かろうと駆け出した。

『貴女が最後の……です。びっくりするかもだけど、すこし、我慢して』
「え? 最後の、なん……でぇ!?」

 彼女がその言葉を言い終わる前に、遥か天空から極大の光の柱が彼女に降り注ぎ、外骨格がコアを残して一瞬で分解する。

『え? 曲を? こんな時に?』

 街頭ビジョンからそんな声が響くとともに、大音量で勇ましくも美しいギターサウンドの前奏が流れだす。それは聞いた覚えはない曲だが、心が沸き立ち、歩みを進めざるを得ないパワーに満ち溢れた曲だ。

 コアが手の平サイズまで縮小し、カチューシャのように展開して額の位置に収まる。再び全身にエネルギーラインが張り巡らされる。しかし、元のものとは違いリボン程度の細さしかない。そして、装甲が腕、足、腰回りを鎧う。

 だが、一瞬で起こったのはそこまでだった。
 元々身に着けていた戦闘服に、リボンが絡まったようなおかしな姿。
 そうとしか言いようがない姿に、詩英理は恥ずかしくなる。

 だが、迫るゴブリンを前に、そんなことを言っても居られない。

(まずは、距離を取らなきゃ)

 そう念じた瞬間に、一息に彼女は交差点ステージのど真ん中、上空およそ3m程の位置にまで飛び上がっていた。

☆☆☆☆

『飛んでいます! 若い女性隊員が……ええと……アーマーアラウンドと言うそうですが……特別に開発された装備で、宙に浮かんでいます!」

 そうリポーターの声は響くが、元々のAA装備の機動力から比べればトンビとタカだ。

 更には、交差点に面するビルの照明という照明がすべて発光し、交差点の中を真昼のように照らし出す。その中心に、詩英理は浮かび上がって放心する。

『ああ! ゴブリンが集まってきました。交差点内に散らばっていたゴブリンが集まってきています。これですべてでしょうか』

 その意識を呼び覚ましたのは、またも街頭ビジョンの声。そして、流れ続けていた音楽だった。

 心が熱く滾る。そして、それ以上に、装備を通じて暖かい人の思念のようなものが全身に流れ込んでくる。

 エネルギーラインから幾条も幾条も光のリボンが溢れ出し、それはチグハグなアイドル衣装のように全身を彩る。

「詩英理、入ります」

 原初のアイドル神使が、そうして生まれた。

【おわり】

参加企画

関連作


資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。