お買い求めは、山志田仏壇で 【後2】【終】
思い返せば最初からそうだ。爆音に驚いてへたりこみはしたが、それだけだった。
「「「なん……じゃと……?」」」
その様子に気付いたらしい怨霊が後退ろうとする。が、いつの間にやら再び立ち込めていた山志田香の煙にあえなく阻まれる。
「結界効果は、ライトが一番強い」
「へえ」と俺。
「そうなんだ」と店長。店長!?
私売ってるだけだし。などと俺に視線で答える店長は置いておいて、エダマキさんが金剛杖で怨霊を威嚇しつつ話し続ける。
「なんだかしらんが、お前さん絶霊状態だな?」
「絶霊状態?」
あ、すごい、杖に巻き付くように煙が滞留してる。
「霊的な影響をほぼ、あるいは全く受けない状態。普通は赤ちゃんとかがそうだね」
「そうなんですか?」
「そうだ。お前さんみたいな歳でそんな状態になってるのは珍しいが……まあいい。つまり、あ奴はお前に触れないということだ。店長、緊急用のアレ、あるな」
と、エダマキさんは店長に視線を向けて合図する。
「緊急用の……? ああ!」
少し考え合点がいった店長は、大回りに怨霊を避けつつ店内を移動すると、カウンターの天板を引っ剥がして何かを取り出した。
「あったあった。緊急対処用の秘札《ひさつ》」
それはいかにも古めかしい、飴色に変色した『御札』だ。
「この店の霊的な要みたいなもんだが、暫くなら大丈夫だろう。それをあいつに貼ってやれ」
「お、俺がですか」
御札だらけの中から、今度は俺に視線を向ける。
「なに、騙されたと思ってあ奴に近づいてみろ」
そんなこと言われても怖いものは怖い。御札を手に渋々近づいてみる。
「「「なんじゃお主。やめろ! 寄るな!」」」
と、必死で鉤爪を振り回され反応する間もなく俺は切り裂かれる……ことはなく。
「あっははははははっは!? ……めちゃくちゃくすぐったい」
通り抜けた身体の奥を直接まさぐられるような、猛烈なくすぐったさが俺を襲い、それだけだった。
「「「やめろ!! 近づくなぁぁぁぁ!!」」」
そして、手にしていた御札を無造作に怨霊に貼り付けると、名も知らぬ怨霊は溶けるように消散した。
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「じゃあ、これ。さっきの香と秘札に足りるかね」
あっけない幕切れからしばらくして、エダマキさんが懐からクリップで止められただけの分厚い札束を出すと、店長は慌てた様子で受け取っていた。もちろん全部一万円札だ。
「店の被害は請求してくれればまた払うよ」
しかし、そのお金よりも添えられた彼の名刺こそ、店長はありがたがっていたが。
「大変な目に会いましたね」
「おかえり。そうだね」
先の騒動で転んで軽い怪我をしたお客様を送ってきたという瀬戸さんも返ってきて、結局、店の片付けもあってその日は店じまいとなった。
「私もこの店に入ってから二度目だよ。と言っても前回はこんなにスゴイのじゃなかったけど」
散乱した山志田香を集めながら店長がそう言う。これがこの世界の珍しくも日常の一部、なのだろう。
「ところでなんで無織田君は絶霊状態なんかになってたんだろうねえ?」
「え? そうなんですか!? やっぱダンジョン行きましょうよ。オバケ相手なら無双ですよ無双」
「い、いいよ。怖いから」
瀬戸さんに目が爛々と輝く。
「絶霊状態でも子鬼とかに殴られたら普通に死ぬからね」
そらそうだろう。冗談じゃない。
そして、そんなこんなをしているうちに、やがて店の中は元の状態に戻り……什器などが凄い抉れ方をしてたりするが……終業時間となった。
すっかり空は暗くなり、ネオンが消灯されるとそれもひとしおだ。
「じゃ、また明日。明日は振替でセールするよ。早めに来てね」
帰り際店長は俺にそう言うと、元の世界と同じ、微かに笑んで帰って行った。
「お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした」
瀬戸さんと俺もそう返すと、それぞれの方向へ。
……あ、明日からどうしよう。
【おわり】
■山志田仏壇
またはパワーアイテムYAMASHIDA
ブッディズム系統の対霊、対魔アイテムの老舗。一般的な商品はもちろんのこと、名物である山志田香は廉価手軽でありながら効果は強力。暮らしの必需品である。なお、かつての一号店である瑠璃光町店は特に人気が高い。
資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。