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天の光は全てカニ

カニだ。俺の目の前で両断されたジョンウォン――親友だった――の上半身から血肉を啜っているそれは、悪魔でも火星人でもなく、カニだ。

『こちらステーション中央本部! 何が!」
「無数のカニに襲われている! 大型犬並のサイズ! ハサミが強力で装甲服が役に立たない!」

雲霞の如く押し寄せるカニの群れに、ジョンウォンに留まらず俺たち火星開発公社警備部隊員が次々と犠牲になっていた。

始まりは突然だったと言っていい。小惑星に擬態した――いや、実際は手脚を縮こまらせた巨大なカニだったから、中央本部が見間違えやがったのだが――カニが至近距離で方向転換し、俺たちのいるブロックに衝突。その腹から大量のカニが現れ、襲いかかってきたのだ。

「ロイ、ダメだ! 鎮圧用弾じゃ甲羅が抜けないぞ」
「だからってこれ以上施設に穴を増やせないだろ!」
「バカ! もうこのブロックには抜ける空気もねえよ!」
隣で焦りまくってるロイ隊長は俺の言葉に「あ、そっかあ」などと間の抜けた調子で呟く。ヘルメットで見えないが、不景気な顔を更に真っ青にしているに違いない。
ブロック外縁部、疑似重力を発生させる都合で床下に当たるそこは衝突対策で分厚い氷に覆われていたはずだが、巨大ガニはそれに大穴を開けてきた。

「クソが! クソ神、クソガニだ!」
ヤケクソで呪詛と共に残弾を吐き出した後、ロイの指示で俺たちはAP弾を装填した。こんな物絶対使わないと思っていた。確かに人には向けなかった。

宇宙に人はいなかったが、カニはいたんだ。

『漏出が限界だ。すまない、一旦閉鎖す――』
そんな無慈悲な宣告に抗議しようとする寸前、構造体そのものを通じて大きな揺れを感じた。答えは一方的に通信を切り上げた中央・クソッタレ・本部からではなく、俺たちの後ろでリモートカメラを使いブロック外部を確認していたエンジニアの熟年おねえさまが教えてくれた。

「カニよ」

木星側の宇宙空間に、無数の巨大ガニが漂っていた。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。