レザレク
時間が無い。早く殺してあげなければ。
俺の全身を包む特殊作業服を、その思いと熱気とが満たしていた。
満島六郎。79歳。推定、ベッドで急死。
満島栄子。74歳。同、転倒し頭部を強打、死亡。
問題なのは、寄り添う様に死んだ彼らに隣人が気付くまで半日要したことだった。
「白化、始まってますね」
「ああ。マズい」
俺は六郎氏の頭部にスキャナを当てる。死後17時間。危険域だ。頭全体を白い光が覆い始めている。残念だが死を悼む暇はない。
「夫さんは緊急処理を行う」
「は、はい」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
顔を見なくても大丈夫ではないと判るが、構っている余裕はない。
敷島真理。学校出たての新人だ。そうでなくとも緊急処理を行うのは気が重い。
「車から焼却機を」
「はい!」
真新しい安全靴で畳を蹴って特殊作業車へ真理が走る。その間に俺は栄子氏をスキャンする。せめて、一度手を合わせてから。
結果、死後10時間。栄子氏は正規の火葬をしてあげられそうだ。
してあげる?
その不遜な言葉に嫌悪感が沸き上がる。
「先輩! 準備出来ました」
それを断ち切ってくれた声は窓の外、庭に焼却機を設置した真理からだった。
「奥さんを車へ運んでくれ。出来るか」
「大丈夫です」
その言葉を信じて彼女に任せ、交代に俺は六郎氏を抱え上げる。身体は硬直しきって、白化が頭から脊髄へと浸食していた。
「本当に済みません」
庭に降りながら、ほぼ投げ捨てる様に銀色の袋……焼却機へ六郎氏を納める。人の身体組織自体を強烈な可燃物質に変換するそれは、最高2000℃を超える劫火で骨まで焼却する。
だが、残念ながら時間切れだった。炎の舌に舐めとられ始めていた六郎氏の死体ごと、袋が垂直に跳ね上がる。
レザレク
脳から脊髄にかけて憑依する異相の魂に乗っ取られた死体のことを、俺たちはそう呼んでいる。
可聴域外の雄叫びを上げながら、死体が異形の姿へ捏ね上げられようとしていた。
【続く】
資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。