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メディアの横断からメディアの融解へ

 私は人の感覚から呼び起こされることについて興味があり制作を行っている。人の感覚とは、見ること、聴くこと、触ること、匂い、味わいといったことである。その五感に訴えかけることによって、視覚のみの情報よりも感情を揺さぶられたり、記憶を呼び起こしたり、今までにない感覚を味わうことができるのだ。例えば音は、人間の身体が一種の共鳴器の役割を果たすかのように、人間の皮膚を振動させて、身体の内と外を震わせ、体を包み込み、高揚したり悲しくなったりと感覚を呼び起こしていく。また、香りは強烈に記憶を呼び起こす。春の匂い、洗濯物の洗剤の匂い、料理の匂いなど、一度でも嗅いだことのある香りはその時の思い出が如実に蘇ってくるのである。そして、光は強さや当て方によって、落ち着いた気持ちや明るい気持ち、親密になりやすい空間などを生み出すことができる。そういった感覚的なことを重視した表現をセンサリーメディアと呼ぶ。そういった表現は、フルクサスやアラン・カプローなどが制作していたインターメディア作品の文脈からなるものである。今回はそのインターメディア作品、現代のセンサリーメディア的な作品を鑑賞し、そういった作品のあり方について考えていくこととする。

 まず、湯浅譲二《演奏詩・呼びかわし》を見ていこう。これは演劇要素も音楽の要素もある作品である。 2年前、友人がこの楽譜(指示書)に沿ってパフォーマンスを行っていて印象的であった。体育館のような声が響く場所で照明を落として行われた。儀式のように五人が五角形に配置され、「おはよう」「りんご」「あなたが好きです」のように単語や言葉を交わし合い、声が重なり、響き合う。それは合唱や輪唱のような心地の良い声の混ざり合いであった。呼びかけという音楽的、言語行為は応答や反応にかかわらず、呼びかけの発音又は言葉を媒介したコミュニケーション空間を生み出すのである。
 次にフルクサスのメンバーでもあった塩見允枝子の作品を見ていく。《真昼のイヴェントー陽光の中で》は、メトロノームを鳴らしながら、映像を撮っているビデオカメラをまぶたのように閉じたり開けたりして、最後にカメラの角度を下げて掌を写す。自分の見ている風景、身体の状態を鑑賞者にも味わってもらうために、ビデオカメラを完全に自分の身体とさせている。更に明るい外で目を閉じた時に見えるオレンジ色さえも再現している。このメトロノームの一定のリズムは心臓の音のように感じた。しかし、その規則的な音は、撮影しているビデオカメラのように、機械的なものを感じさせる。自分の体であって自分の体でないような、まるでアンドロイドにでもなったような不思議な感覚に襲われるのである。
 最後に現代のセンサリーメディア的な作品を見ていく。山城大督の《TALKING LIGHTS》だ。私は2016年の森美術館の「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」で実際に見ることができた。この作品は肉体を持った人は一切出てこないながらも、演劇的であり、音楽的であり、美術的でもある。展示スペースに配置されているオブジェクトに光があたり、そのオブジェクトを人に見立てるようにして戯曲が朗読されてゆく。最後に谷川俊太郎の《芝生》が複数人で合唱のように朗読される。照明の色、光の当て方の演出、声の重なり、透明感のある響き渡る音が我々を包み込み違う場所に連れて行ってくれるような体験をさせてくれる。こうした複合的な感覚を刺激するメディアが融解することで、絵画や彫刻では、味わえない知覚が反応するのを感じることができた。私は演劇もよく見にいくのだが、演劇や普段見る美術作品では味わえない没入感と感動が沸き起こった、とても思い出深い作品である。

 近年はモノ消費からコト消費への移行をしつつあり、美術でも体験型の作品が流行っている傾向がある。インターメディアを作り上げてきたグループといっても過言ではないフルクサスは、ハイ・アートや、高価な芸術品を求める社会そのものを流し去り、浄化することを目指した。またアートごとのメディアの壁も流し去ろうとしていたが、現代ではそれも一般的になり、今は様々なメディアを横断した美術作品が作られるようになった。インターメディアとは少し違うかも知れないが、体験型作品という括りで言えば、2017年11月に森美術館で行われたレアンドロ・エルリッヒ展は入場者が60万人を越した。これは自分が作品の中に入って写真を撮ることが可能であり、それがSNS映えして人気に繋がった。インターメディア作品やセンサリーメディア的な作品は、レアンドロ・エルリッヒの中に入るだけの体験とはまた違い、あらゆる感覚を強く刺激される体験型の作品であると言える。これらの作品は、現代美術が難しくてわからないという層にも、感覚・知覚を通じて訴えかけ、身体感覚を拡張させ、多くの人々の知的探求心を開花させるであろう。今後益々興味がもたれるジャンルの作品であることが想像できる。

参考文献
川瀬 慈『民博通信』 映像民族誌の新たな時代 (2015年)
松平頼暁『現代音楽のパサージュ』青土社(1995年)
上妻世海『制作へ』(2018年)

塩見允枝子《真昼のイヴェントー陽光の中で》
https://www.youtube.com/watch?v=962Rie5KNGk

山城大督 《TALKING LIGHTS / トーキング・ライツ》(2016)
http://the.yamashirostudio.jp/index.php?/works/talking-lights/

平成27年度 地域経済産業活性化対策調査(地域の魅力的な空間と機能づくりに関する調査) 報告書
http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151001005/20151001005-1.pdf


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