米津玄師はカリスマだった
米津玄師は確実に私のカリスマ『だった』。
出会い
米津玄師との出会いは、今から10年ほど前だった。その時の彼はまだハチ名義で活動していて、有名ボカロpに過ぎなかった。
(YouTubeに公式がなくてかなりショック)
確か最初に出会ったのはこの曲で、装飾音の多さと不気味なPV、歌詞の混沌さに驚かされた記憶がある。
当時小五くらいの私は、滑稽の意味だとか、何処の読みだとかをこの曲で覚えた…はず。
そこから、別の曲も聴くようになった。
そこで出会ったのがこの二曲だ。
当時の音楽のメインストリームからしたら考えられないダークさに、私は取りつかれていった。
このときのハチさんって、装飾音で不気味さを演出するのがとても上手だったと思う。意味難解で商業音楽では触れられないようなテーマを、歌にするのが上手だったというか。
赤の手首携えて 次の駅
っていうリンネに出てくる一節が好きだったとふと思い出した。思えば輪廻って言葉もこの曲で知ったんだよね。
今でもこれらの曲の真意までは分からないし、それほど意味なんて込めてないのかもしれないけど、この頃にはハチさんの曲の虜になっていた。
沼堕ち
完全なる沼堕ちはこの二曲の影響だと思う。
この二曲の何がすごいって、今までより装飾音がかなり減ってるのに、混沌を表現できているところ。これ以前の曲よりずっとバンドサウンドに近いものになっている。
どっちの曲もメインギターの音がすごく印象的。インストでも抵抗なく聴けちゃうような感じだけど、ギターが常にうるさいというわけでもない。出るところを分かっているというか。
かといって、ハチさん特有の、二番の途中に挟まるCメロは確実に存在しているから、ハチさんらしさはきちんとある。
まぁこんなことを小学生の自分が理解していたわけないので、一言でいうと、俺たちの青春!って感じなんだよね。もはやこういう曲が長年のスタンダードになっていた感は否めない。
米津玄師の現れ
ここでやっと米津玄師ってアーティストが現れる。
確かこの曲が最初発表されたときのボカロオタクの盛り上がりは何だか凄くて、私も例に漏れずすぐに聴いた気がする。
ガチャガチャしたサウンドに、米津さんの声が合っていて、素直にかっこ良かった。ハチさん、歌まで歌えたのか…ってなって才能に殴られた気分になった。
この後のviviも流行ったよね。ここまではすごく真剣に米津さんを追っていたことは自負している。
1stアルバムの『diorama』はガチャガチャしてるおもちゃ箱みたいな感じがして、ハチと米津の間にいるような曲が多い。まだ現在の米津玄師みたいな楽曲は確立してないけど、私の中にある米津玄師のイメージはきっとこれなんだろう。
だからこそ久々にハチ名義で発表されたドーナツホールにはすごく聴き惚れたし、ずっとハチ名義でやってほしかった。
この曲もマトリョシカやパンダヒーローの系譜を継いだ、リードギターがかっこよくて人間か非人間か分からないような合いの手がたまに入る曲だったから。サビ前まで入る裏打ちのギターの音が心地いい。
2ndアルバムの『YANKEE』も、この曲のセルフカバー目当てで聴いた。アイネクライネとかが入っているアルバム。このアルバムもまだまだ、私の想像する米津玄師の曲がたくさん入っていたため、それなりに聴いたはず。
アイネクライネは別に好きではなかったけど、東京メトロのCMに使われたことが純粋に嬉しくて聴いていた。やっと米津玄師が時代に追い付いたと。むしろ世間がようやく米津玄師に追い付いたくらいの考え方だったかもしれない。マイナーな頃から知っていたという、ちょっとした意地も含まれていた。
違和感
アイネクライネが発表された頃から少しずつ感じていた違和感が、だんだん顕在化していくようになった。
LOSER、orionと、米津玄師が社会から受け入れられる曲を作るほど、私はそれらの曲をリピートできなくなっていった。
別に嫌いな曲ではなかった。
ただ、私の中にある、『米津さん』像から米津玄師が離れていって聴けなくなっていったのだ。
ちなみにorionがEDで使われていた三月のライオンは、凄く好きだし名アニメなので是非見てほしい。お話として重いけど。
灰色と青は、菅田将暉というとんでもないメインストリームとコラボしたから、いまいち聴く気にもなれなかった。菅田将暉が嫌いというわけではない、歌も演技も上手だから凄いと思っている。それでも駄目だった。
でもこれらの曲が聴けなかった一番の理由は、商業音楽と化している気がしたからだ。米津玄師には売るための曲を作ってほしくなかった。
意味が掴めそうな歌詞も、良くある装飾音も、最近流行りのシンセのような音も、実写のMVも、あまり使ってほしくなかったのだ。自らメインストリームに向かっていく感じが悲しかった。『米津はバンプに影響を受けている』って話もあまり嬉しくなかった。それなら本当は、こういう曲がずっと作りたかったのでは?って思ってしまったから。
そこから私は、米津玄師が好き、と名乗るのをやめ、昔聴いてた、程度の発言のみをするようになった。
Lemon
そんな私でも、Lemonは聴けてしまった。
今までだったら、
自分が思うより 恋をしていたあなたに あれから思うように 息ができない
なんて歌詞は米津玄師に書いてほしくない、と思っていただろう。あまりに分かりやすい歌詞だから。
何が刺さったのかは正直分からない。それぞれのパートに特筆すべきものも見つからない。
それでも独特なコードを多用するためか頭に残るこの曲は、ついリピートしてしまうようになっていた。
歌詞の深さにも魅せられた。
ついでにいうとアンナチュラルにもハマった。中堂さんがかっこよかった。
そして米津玄師は、私の中の『ハチさん』や『米津さん』の像と完全に分離したのである。
現在
今の私はというと、米津玄師を全く聴かない人間になってしまった。確かサブスクに入ってなかったのがきっかけだと思う。
馬と鹿って言われてもサビ5秒を口ずさむのが限界だし、パプリカの米津玄師バージョンは未だに一回も聴いていない。
Foorinの方のパプリカは、子供の歌声が苦手なこと以外は大丈夫だ。むしろベースラインがかっこよくて驚いたし、装飾音に至っては久しぶりにハチの残り香を感じる曲だったと思う。
変化は何も悪いことじゃなくて、良いことであることは間違いがないのだが、その変化の過程でどうしても許容できなくなることはある。これは、米津玄師ではなく明らかに私が悪い。
だが最低限、こんな米津玄師もいたんだよってことを、今の米津玄師が好きな人たちに知ってもらいたいと思う。できたら少しくらいでいいから、ハチ名義の曲も聴いてくれたら嬉しい。
そこからしたら今の米津玄師って凄い振り幅だからだ。君達の好きな米津玄師は、こんなにも振り幅があるんだよ!
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