2017年の手記 改作

ㅤ惑星は呼吸をしないということをもう随分前から忘れていた気がする。幾年ぶりかに、星が空を滑るのをみた。 死んだ星が願いを叶えるなんて、つくづく笑える。

飛び降りるために開けた窓から見えた空が美しく思えてしまう私の根っこは、至って健康的にこの地と精神とを繋いでいる。
彼と私は仲が良かった。そのことは誰も知らない。
一度だけキスをした。私がつまらないことで泣いたので、慰めのつもりだったのかもしれないが、色めくものは何も無かった。お互い一緒にいるときは最大の理解者のような顔をするくせに、離れているときは一切の連絡も取らない、軽々しい仲だった。それが心地よかった。
どこか掴みどころのない風のような彼は、夏を待たずに死んでしまった。ふわりと、
居なくなってしまったのだ。

ぼんやりと眠れない日々を過ごす。耳の奥、ずぬと遠いところで、彼がいつだかに歌ったアルエが延々と響いていた。横浜駅前の喫煙所からかけた電話は、呼び出し音を虚しく繰り返すだけだった。「あの、大丈夫ですか?」知らない人に肩をつつかれて初めて、私は、自分が地面にへたりこんでいることに気付いた。コンクリートに触れたところから、血の気が吸い取られる。

この世は熱い、あつくてとても不明瞭で、人はみな無知で、自分のことすらよく知らない。彼の心がどこにあったのかも、なぜ____のかも、
一生わからない。

だけど私は知っている。
このからっぽな気持ちを私はいつか忘れる。
悲しみが、肌に馴染み、汗を吸い、私の一部となるころ、
私はこの別れを、日常に埋没したひとつの思い出としか認識できなくなってしまう。
それで良い。それがきっと正しい。どんなに悲しんでも、悔やんでも、求めても、もう何ひとつ戻ってこないのだ。たしかな一人を失った世界で、私はこれからも健やかに、不自由なく、呼吸を続ける。
ただ、それがたまらなく虚しかった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?