自分との対話の記録。自分を愛せないなら、自然を愛すことから始めよ
桜はあっという間に散りゆく。
つい最近満開になったと思ったら、もう緑の新芽が顔を出している。
私はポケットからスマートフォンを取り出し、満開でなくなる桜をカメラに収めようと足を止めた。
ん、なかなか難しい。
あいにく天気は快晴とは言えない。鮮やかな青空と、薄いピンクの桜の花のコントラストが映えた写真が撮れたら良いのだが。
何度かシャッターを押してみたが、気に入った画角を得ることが出来ずに、スマートフォンを上着のポケットに戻した。
「理想通りにならなかったら、諦めるの?」
どこかから聞こえる声。
誰だ?
「その理想だって、あなたがこれまでにどこかで見た、誰かの成功をなぞったものでしょう?」
「あなたの成功はどこにあるの?」
声の主は分からない。小さな女の子のように感じた。
良いと思ったものをお手本にするのは、正しい行いではないのか。
「そもそも、あなたは桜を美しいと感じているのかしら。」
当たり前だろう。桜は美しい。
「へぇ。自然を愛せないって残念なことよ。」
美しいと言っている。
「あなたは理由を作って、やっと美しさを理解しようとしているように見えるわ。
頭で考えているどころか、考えても感じてもいない。
外に出たら、何を買おう、何を食べようってそればかりじゃなくて?」
買うことや食べることが好きで何が悪い。
「悪いことではないわ。
ただ、自然と人を愛せた方が幸せだから、買うことも食べることも、自然と人に繋げてみてね。」
自然だけじゃなく、人の話まで始まった。
「だってあなた、友達がいないじゃない。」
…。
「大丈夫よ。あなたは大丈夫。」
何を根拠に大丈夫だなんて言うんだ。
「理由があることには誠実だわ。」
よく分からない。
「自分のこと、全然分かっていないのね。
家族から教えてもらうことが、できなかったのね。」
そうだ。私の家族は不完全だった。
「完全な家族なんてないわ。
だけど確かにあなたの家族は、子供に教えたり経験させたりすることが少なかった。」
「あなたは学校では、いい子だったんでしょう。」
「大丈夫よ。順番が違っただけだから。」
順番。
「これからまだ見つけられていないものを探すの。子供の頃に、見つけるはずだったものをね。」
これからって?
私はもう45歳なのに?
今から子供に戻れと言うのか?なんて無茶な。
「年齢なんてただの数字だって言葉知らないの?
年齢を気にしたら、あなたは幸せになれないかもしれない。」
「逆に言えば、年齢なんて気にしなかったら幸せが近付くのよ。年齢だけじゃない、性別も、国籍も、固定概念全てを忘れるの。」
「簡単でしょ?気にすることが増えるんじゃなくて、気にしなくて良いだけなんだから。」
そうか。
それで、順番が逆というのは何だったんだ?私はどうすればいい?
「うふふ。
そうね。まずは空気を吸って、吐いて、生きてることを感じてね。
それから、歩きやすい靴を履いて、外に出るの。スマートフォンは、持って行っていいわよ。」
そういうものは、家に置いていけと言うのかと思った。
「外に出たら、風がどこから吹いているか、どんな花が咲いているか、よく観察して。」
「案外水も流れているし、花も緑も多くあるものよ。
時間があったら山に行っても良い。海に行っても良い。」
「そして今度こそ、心から美しいと思う景色に出会えたら、シャッターを切るのよ。」
「いつか誰かに見せるためにね。」
言われたことが、今までの自分に欠けている体験だということは、何となく分かった。
すべて記憶でも思い出の引き出しにはなく、想像の先にしかなかったからだ。
それをしたら、私は「大丈夫」ということなのか?
「そうよ、あなたは大丈夫。」
「理由のあるものも、理由のないものも、存在する意味がある。」
「あなたは感性が偏ってしまっていた。」
「ただそこにあるものを受け入れ、自然を愛し、感謝する。」
「大丈夫、あなたは冷たい人なんかじゃない。暫くしたら、世界の彩りが変わるわ。
あなたは優しい人だから、共感しやすいし、傷付きやすい。」
「自然治癒力ってあるでしょう。人は自然の力を受けて、心の傷も癒やしている。」
そういう意味ではないのでは?
「まだ知らないのね。
大丈夫よ、年齢なんてただの数字だから。」
「いつか気付くか気付からないか分からないから、教えてあげる。
あなたはとても強い。我慢しすぎてるわ。」
そんなこと。
「じゃあまたね。
あなたは愛されるべき人よ。」
目が覚めると目の前を桜の花弁が舞っていた。
緑の新芽が、綺麗だ。
私は暫く桜を舞い上げる風を頬に受けながら、ピンクだったり白だったり、所々薄い茶色の混ざる花弁を眺め、緑の葉や、桜の木の幹や枝や、様々なひとつひとつを観察した。
また、目を閉じると、風の音がする。
目を開けて、シャッターを切った。
この写真をいつか、誰かに見せる日が来ると祈って。
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