子育てから学ぶPredictive Maintenance(予知保全)の評価軸とデザイン思考の可能性
これをお読みのあなたが、Predictive Maintenanceを導入する側なのか、あるいは売る側なのかはわかりませんが、製造業におけるデジタル活用(Digital Transformation)やAI(人工知能)活用が話題になると、最初に取り上げられる商材がPredictive Maintenance - 予知保全であるケースは少なくありません。
一つには、売りやすく買いやすい商材であることが指摘できます。装置や部品が寿命を迎えて動作が停止してしまうと、当該装置や部品に依存する業務がストップしてしまう(損害を与える)から、故障の予兆を検出できれば、ダウンタイムを減らせる、という効果が期待できます。また、保全要員のアサインメントという観点からも、ストップしたタイミングで緊急対応するよりも、あらかじめ優先度に応じて作業訪問予定を立てられるのであれば、保全要員を効率的に割り振ることが期待できます。
効果測定という観点からみると、AIを適用しようと、想定交換タイミングを単に前倒ししようと、装置や部品を保守してしまえば、「もし保守していなかったら」「あらかじめ保守したおかげで」どうなっていたのかは比較対比できなくなってしまうので、ダウンタイムが減少していれば、効果があったものとする、という以上の結論は出しにくいものと考えられます。
もちろん、AIを適用することで、想定交換タイミングのはるか前に異常予兆を検出することができ、想定していなかった機器停止を回避できた、というようなユースケースもシナリオとしては提示しうるでしょうが、この場合、アピールすべきは、過剰品質を追い求めてコストをかけるより、適切な品質を適切なコストで実現し、問題回避を品質で担保するのではなく、予知で担保するというパラダイムチェンジであるように思われます。
さて、ここからは n=1 の話です。以前、私は2番目の子供が生まれた際に9か月ほど育児休暇を取得していたこともあり、子育てにPredictive Maintenanceの考え方を導入しました。技術的な詳細はQiitaのこちらのエントリ(littleBitsでPredictiveに子育てする - https://qiita.com/mfunaki/items/e1dcf3a99354cb05d129 )でも書いたのですが、こちらを書いたのが子供が3か月の時であり、その後の知見や気づきをこちらで紹介しましょう。
子供の夜泣きのタイミングは、それなりの精度であらかじめ予測することが可能です。夜泣きの原因としては、主に 1) お腹が空いた(おっぱい飲みたい)、2) おむつが濡れた、3) 環境が不快(暑い/寒い/まぶしい/うるさい/布団の肌に触れる感覚が嫌だ等)があります。3に関しては各種アンビエントセンサーが適用可能です。1に関してはミルクであれば飲んだ量(やうまくやれば飲むペース)を検出可能ですが、おっぱいであればなかなか難しいように思われます。2に関してもおむつ内に湿度センサーを仕込むというのは技術的には可能なものの、おむつ着用感の悪化を考えると、1歳を越えるくらいでないと難しく思われます。ただ、1と2は相互の関連性が非常に密接であることも事実です。お腹が空く→おっぱい飲む→うんち出る→お腹空く...というカスタマージャーニーが描けます。
さて、直感的に3時間くらいがおっぱいのタイミングであることは(センサーに頼らずとも)知りうるわけですが、センサーを使って自動検出することで、子供が泣きそうなタイミングを「くらい」よりも高い精度でとらえることが可能です。ただし、PoC(概念実証)的な観点からすると、実証すべきは「子供がいつ泣くか」の正確な予測ではないように思われます。Predictiveの価値というのは、その結果、プロセスがどう変わりどのような効果が得られるのか、ということなのです(仮説)。
1のおっぱいに関しては、泣く前に(ただしお腹は空いたタイミングで)おっぱいを上げることで、子供が泣かないようにすることはそれほど難しくないことがわかりました。
一方で2のおむつ交換に関しては、おしっこやうんちの出るタイミングを予測すること自体はそれほど難しくはないものの、おしっこやうんちが出る前におむつを替えても仕方がない(その後のプロセスに何の変化ももたらさない)ので、意味がない(貢献がない)と結論づけることができそうです。
私もお客様に対して、「御社の業務におけるこのプロセスは、おっぱいプロセスなのですが、おむつプロセスなのですか?」といった話をよくさせていただきました。検出できることと、利得が得られることは必ずしもイコールではないからです。
ということでこの辺りまでは、前述のQiitaでのレポートと同じ生後3か月時点での結論なのですが、その後、観察を継続することで、新たな気づきが得られました。
1歳を迎えても1歳3か月をを迎えても、この子が歩き出さないし、はいはいもしない。もちろん、歩き出す時期やはいはいの時期は個人差があり、n=1であることを考えると、単純に結論づけはできないものの、もっと泣かせて腹筋なり全身の筋肉を「鍛える」ということが小さかった頃には必要だったのではないかと、今では思います。
デザイン思考的に言うと、そもそも解決すべき問題が何てあるか、Problem Statementを明確にする(「子供が泣かないようにする」)だけではなく、さまざまなステークホルダーの目線(Points of View)で共感を通じてProblem Statementを見ることで、問題を捉えなおし(reframe)、真に解決すべき問題が何なのかを発見する(ここまでできれば、実は問題は解決したのとほぼ同じ)ことが重要なのです。3か月の子供にインタビューすることはなかなか難しいですが、共感することで、子供が実現したかったのは「泣きたくない」ことではないことは容易に想像がつきます。
さて、ビジネスの現場でも、予測ができることで、現場のステークホルダー(作る人、売る人、保守する人、管理する人、買う人)それぞれの目線でどんなベネフィットがあるのか、短期で見るだけではなく、長期で見る(そうしないといつまでも歩けない子供になってしまいます)必要があります。そのための有効な手法がデザイン思考であり、別の言い方をすれば、デザイン思考とは単にアイデア出しのための便利な手法というのではなく、解決すべき問題を正しくとらえるための手法であり、正しさは「プロトタイプ」が実現する行動の変化(仕事の仕方が変わる、興味ありじゃなくて購入する等)によって測られるということになります。
ぜひ皆様のビジネスにおけるDigital Transformationを顧客目線、現場目線、経営目線で「問題の捉えなおし(reframe)」を含めてお手伝いさせていただければと思います。
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ちなみに件の我が子は2歳4か月になりましたが、人よりは遅れたものの、今はちゃんと興味の向くままあちこち歩きまわる子になりました。