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スペシャリテ「鴨とフォアグラのパテ・クルート」について

こんにちは、メッツゲライササキのシャルキュティエ福田です。今日は当店の目玉の一つとも言える「鴨とフォアグラのパテ・クルート」について。前回の記事『「メッツゲライササキ」のパテ部門を担う、シャルキュティエ 福田耕平』でもお話しした通り、完成するまでにはかなりの試行錯誤がありました。その末に辿り着いた、「シンプルだけど重奏的」なパテ・クルートの魅力をご紹介します。

ルネサンス時代から受け継がれる“シャルキュトリの王様”。

パテ・クルートは、シャルキュトリの王様と言われています。日本で暮らす人にはまだ馴染みが薄いかもしれませんが、様々な肉類で作ったファルス(詰め物)をパイ生地で包んで焼き、最後にコンソメを流し込んだ料理のこと。食材も手間もほかのシャルキュトリとは段違いに複雑で、フレンチレストランのコースの一品にもなり得ます。フランスでは日常食の一つですが、当店では大会に提出することもありガストロノミーが表現されたものを目指しました。

パテ・クルートは、パイに包まれたお肉の香りや肉汁が閉じ込められておいしさになるのが特徴です。生地に包まれたファルスが焼かれて膨らみ、冷えて縮むことで生まれる隙間には、空気を遮断し保存性を上げる目的としてコンソメが流し込まれます。このパテ・クルートが作られ始めた時代にはパイの部分は食べられるようには作られてはいませんでした。塩気が強くて硬く、取り除いて食べられるものだったのです。それが時を経て、パイもおいしく食べられるようになったんですね。

中のファルスには優しく火を入れたいけれど、周りの生地は高温で焼きたい。フランス料理は火入れが大切なので、そのバランスが上手にできるかが成功のカギなのです。試行錯誤するうちに、パイと中身との隙間が開かなくなるという壁にぶち当たってしまうことも。いまだに分からない部分があるのがこの料理の難しさと魅力でもあります。

お店や作る人によって、使う肉の種類、ナッツやドライフルーツなど副素材のバリエーション、パイの厚みや食感、コンソメの味わいなど、実にさまざま。当店では鴨がメインですが、豚肉、鹿肉、仔牛、リードヴォー(仔牛の胸腺)を主役にする人もいます。そこに多様な食材を組み合わせていくのですが、フレンチの料理人としては香りや味に個性を出したくなり、特徴のある食材を使って華やかに演出してみたくなったりもするもの。実際に私もパテ・クルートを作り始めた当初は特徴的な香りのお酒や食材をよく使っていました。ですが今回のパテ・クルートは「王道で勝負しよう」と必要がないものは一切入れないことに決めていたのです。

“シャルキュトリの王様”パテ・クルート

完成までに最大1週間。贅沢なパテの中身は?

現在お店で販売しているのは2021年の世界選手権で優勝したものと同じレシピ。先述したように鴨を主体に構成しています。なぜ鴨を選んだのかと言えば、鶏肉とは違って淡白ではなく、旨みが強いから。上品なクセがあり、食材として旨みが一番強い、個人的にはパテ・クルートの王道だと思っています。

その鴨の美味しさを最大限に引き出すことを主体に考え、鴨以外の肉は、断面にコントラストを生み出すホロホロ鶏、食感を良くするための牛タンなど、ミニマムに。見た目も食感もどちらも大事だから、あえて厚さが均一にならないようにカットしています。鴨は、身とフォアグラのほかに骨から取った出汁、カリカリに焼いた皮など、余すところなく使用。直火で焼いた皮を加えることで、香りをプラスしています。

そこにナッツの食感やドライフルーツの甘さが加わることで、奥深い味わいなります。具体的には、レーズン、白いちじく、ピスタチオ、キャトルエピス(クローブ、ナツメグ、シナモンなどを混ぜたフランスの伝統的なミックススパイス)を入れていて、全部で50種ほどの食材を使っています。ピスタチオ一つ取っても、8分の1サイズにカットしてみたり、丸々1粒入れてみたりと、色々試しました。食感のためにも色合いのためにも、欠かせないパーツなのでこだわりましたね。鴨肉は赤ポルト酒、フォアグラは白ポルト酒でマリネ。50種ほどの食材一つ一つに重要な役割があり、それらの最適なバランスを日々試行錯誤しています。

レシピを考えるために、デザインを描きおこす作業は欠かせない

コンソメは、鴨と赤ワインベースのダブルコンソメダブルコンソメって、簡単に説明するとコンソメを2回炊いたもの。それだけ味わいが強くなっているものです。どれだけ手間がかかっているか言うと…

まず、鶏や香味野菜を7時間ほど煮だしてベースのブイヨンを作ります。そのブイヨンに鴨を入れて7時間ほど煮だしてコンソメサンプル(コンソメになる前のベース)にします。そこからクラリフェカッション(スープを澄んだ状態にすること)という作業へ。挽肉と卵白を練り合わせコンソメサンプルを加え火にかけ液体の中にある不純物を吸着させて澄ませるのです。そこでようやくコンソメが完成するのですが、この最後の工程をもう一度繰り返して出来上がるのがダブルコンソメなのです。これを4日間かけて作ります。

パテ・クルートにおけるコンソメは、ソースの役割。パテのまとめ役という解釈をしていますが、鴨も牛タンもフォアグラも入ったパワフルなパテに負けないようなコンソメにしないといけません。普通はポルト酒の甘さが引き立つものが多いのですが、私は赤ワインでコンソメを炊くことで酸味と奥行を表現しました。新しいコンビネーションが生まれたのではと思います。

パイ生地にはセモリナ粉を入れているのがポイントですね。主にパスタに使われている小麦粉で、粗く加工されているので香りがあります。小麦限らずコーンスターチなどさまざまな粉を試しましたが、セモリナ粉が一番よかったですね。やっぱり香りが大事ですから。小麦粉はほかにフランス産のバゲット用の小麦粉を使い、水と一緒にコニャックを入れています。そうすると水分が飛びやすいかな、と、半ばおまじない的に。こういう小さなことの積み重ねでできているんです。

このパイ生地に包まれて焼かれた生地はしっとりとし、そして肉汁や香りはパイ生地が逃さず受け止めます。これが、肉汁やゼラチン質が出ていってしまう普通のパテとは違うところですね。密閉されているので、時間が経てば熟成していきます。パテの種類にもよりますが、お店によっては焼き上がってから1週間経たないと売らないこともあるほど。

メッツゲライササキでも1カットずつ真空パックのようにしてお渡しするので、買って3日目、5日目と熟成による変化を食べ比べていただくことができますよ。毎週木曜日に焼き、売り始めるのは毎週金曜日。売り切れ次第終了。でもやっぱり一番はパイがサクサクな状態の金曜日にお店にお越しいただいてイートインで切りたてを食べていただきたいですね。

毎週金曜日になると店頭に並ぶ、パテ・クルート

美しさも大切な要素の一つ。

断面を綺麗にするために選ぶ食材もあるとお伝えしましたが、今度はそれを上手に詰めることも大切。フォアグラは冷凍してからタネの中に埋め込むことで、勾玉のような繊細なフォルムを崩さずに。そこにカットした肉、ナッツ、ドライフルーツなどのガルニチュールを仕上がりの断面をイメージしながら詰めていき見た目のバランスを整えていきます。

そして大会でも評価されたのが、パイに施したデザインの美しさ。私が使用した模様は、実は自作のスタンプでつけているんですよ。日本代表として大会に出場したので、伝統的な和柄の麻の葉紋様をモチーフに。1枚につき300回ほどスタンプを押して出来上がります。普通は生地を被せてから柄をつけるのですが、被せる前に卵を塗って乾かし、スタンプを押すことでより複雑な模様を表現できます。この新しい手法が美しさの秘密です。

手作りのスタンプで、日本らしい麻の葉紋様を表現

メッツゲライササキのパテ・クルートをおいしくいただくには。

パテ・クルートは、フランスの歴史が詰まった特別な料理、フランスの文化がまとまった料理です。ぜひ、それを感じてほしいですね。ほかのシャルキュトリに比べて少し値段が張ってしまいますが、長い時間と手間、贅沢な食材を使っていることがその理由なのです。

レストランではフルーツソースやマスタード、コルニッションなど付け合わせが添えられることが多いのですが、本来はパテ・クルート単体で完結しているもの。素材一つ一つの味を引き出しているから旨みが強いのです。合わせるならやっぱりワインがおすすめ。生ハムを楽しむのと同じように、アペロのお供にしてみてください。