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妖人

大学に入ったばかりの18歳という時期は、世界がまことにおもしろく見えたものである。

大学を歩くと、一方には、将来に備えて勉学に励む学生がいたかと思うと、もう一方には、新歓で知り合った女の子達の家を転々とするエロティシズムの実践家がいた。学生運動家、マルチ会員、カルト信者のような男が悠々と大学に出入りしていたかと思うと、授業には出ずに部活にだけ参加する真面目で不真面目な学生も、学内をうろつきまわっていた。キャンパスライフという人生における特大イベントを目の前にして、思春期の男たちの情熱が煮えたぎっていたわけである。

ミスコンの運営など、学内で「1軍サークル」と呼ばれるサークルを股にかけて、多くの学生や先生までもを煙に巻いていた、柳と呼ばれる怪人物もこのキャンパスの学生であった。この男の奇人っぷりについては、学内で悪目だちしていた学生運動家やカルト信者の学生たちも触れているくらいで、奇人の中の奇人と言っても良いだろう。自ら柳と名乗ってはいるものの、実際のところ本名も生年月日も学生の間では諸説あるらしい。

最初、文学部に入学して1年生ながら近代哲学の研究室で哲学の研究をしていた彼は、やがて何かの理由で研究室を追われ、理学部物理学科へと転学部を果たした。その間も様々なサークルには顔を出していたようである。春の新歓期間だけでも彼は学内に膨大な人脈を築き上げ、新入生男子相手に「意中の女性を確実に落とす恋愛指南書」と称するものを売って、生活の資にしていた。(この「恋愛指南書」というのが市販の恋愛本の書き写しであったということが発覚したのは、柳が大学から姿を消した後であった。)

彼は毎年新入生の女子を誘惑して、かわるがわる彼女にしていた。彼の彼女になる新入生女子たちはみな非常に美人で、頭もよく、人柄も良かった。しかし柳の怪しげなビジネスの共犯者ともなり、金が必要となると彼女らに売春までさせたというから、柳の異常なまでのカリスマ性は恐ろしいものである。

しかし彼の人気は、ただ女性のあいだだけに限られていたわけでは決してない。彼は同期の学生や後輩の面倒をよく見、お金のない学生には度々食事を奢り、異性との出会いの無い学生には性格の合いそうな女の子を紹介してやったり合コンまで開いてやったりしたそうだ。だから男子学生のあいだでも、彼の人気は絶大なのであった。

柳は恋愛指南の他に、就活におけるマナー講座、投資教室なども開いており、大学の先生までもが彼に相談を持ちかけることがあった。また、催眠術や占星術などの秘密の学問にも精通しており、寡黙な物理学科の先生を催眠術で眠らせ、家庭の情事をベラベラと喋らせたり、初対面の女学生の恋愛遍歴をズバリと言い当ててしまったりしたともいう。

そんな不思議な力を持ち、ますます多くの人を魅了した柳であったが、彼の黄金時代は突如終わりを迎えることとなる。彼の自宅で眠らされて強姦されたという女学生が複数人名乗り出たのだ。真偽不明の噂によると彼はこれらの行為を動画に撮り、非公開の学生コミュニティで販売していたとも言われている。そうして彼は大学をひっそりと去ることとなったが、彼に憧れていた学生は多く、彼の冤罪を訴える者や、彼の現在の居場所を突き止めて彼に会いに行こうと休学までした学生もおり、現在も都市伝説のように学生の間で彼の名が語り継がれているのである。

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