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カメラ目線の罠

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さて、私たちは様々な映画で役者がカメラに向かって演技するショットを見ます。

その時、あなたはとある違和感を感じませんか?

通常、観客が映画を見る場合、シナリオ分析の講でも書きましたが第1のシークエンスで映画の世界観を理解し、その後は映画世界に入り込んで物語を鑑賞します。

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しかし、一度役者がカメラに向かって演技を始めた瞬間、
観客は登場人物が誰に向かって話しているか見失います。
なぜなら観客は自分に話しかけていると錯覚するからです。そう錯覚した瞬間、観客は自分を意識します。すなわち、それまで入り込んだ世界から一度抜け出して、現実を意識することになります。一度、映画の世界から離れた観客を再び元の世界に戻すのはとても大変なことです。

そう、カメラ目線を使うということは途中で観客に映画の世界から離れた位置で観賞させることになるのです。そして、常に物語の流れの中断という可能性を秘めていると言えるのです。

しかし、それでも私たちはカメラ目線で演じられた名シーンを知っています。そう、以前にも言いましたが上手に使えば ”違和感“ は強く観客の注意を引く可能性も秘めているのです。

カメラ目線を上手く使用した名作と言えば『シャイニング』です。

映画のメトダでは再三出てきておりますが、この映画はエイゼンシュタインが打ち立てた編集論を逆手に取り、観客心理に基づいて綿密に計算された最高の映画です。なので、是非この解説を読む前に皆さんにも『シャイニング』を見て頂きたいです。以下はネタバレも含みますので要注意です。

では、このシーンが、なぜそんなに素晴らしいのか解説していきます。
カメラ目線でのショットで観客が感じる
違和感の正体は“役が自分に話しかけて来ること”にあります。
映画の違和感を緩和する為には2つの方法があります。

①観客を違和感に馴れさせる
②大きな違和感を感じさせないように上手く観客を誘導する

①は観客を違和感に馴れさせる為に、映画の冒頭から何度も違和感を生じさせて繰り返し示すことです。

②はショットの違和感を緩和する為に、上手くカメラ目線になる必然性を誘導してあげることです。

この作品の凄い所はその両方を駆使していることです。

まずは①の説明から。実は観客は冒頭から小さな違和感を与えられ続けています。そして、物語の進行と共に違和感は徐々に大きくなっていきます。
小さな違和感は、同じシーンの直前のショットにあったはずの椅子が無くなっていたり、急に分からない程度に絨毯の色や柄が変わっていたり、廊下にさっきまで無かった部屋が登場したりします。これは別に制作側のミスではなく、全てキューブリックの観客心理に基づいて計算した演出です。
これらの些細な変化は人間に違和感を感じさせますが、初見でその正体に気がつく人は殆ど居ません。実は違和感が観客の注意を引く場合は“観客がその違和感の理由に気がつかない”ことが条件なのです。
この様に ”カメラ目線の違和感“の前に観客は既に大量に提示された別の違和感で慣らされているのです。

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*こちらのショットはカメラ目線ではありません

この映画ではシンメトリーが多用されています。
このシーンの冒頭、主人公は画面のどこから登場しますか?
そう、画面の中心です。
では、前回の記事を思い出して下さい。
カメラ目線になる状況は何処から撮影したときでしたか?
想定線の真上にカメラが置かれる場合でしたね。この場合、被写体はカメラのど真中(=被写体を軸にしてシンメトリー)に置かれる事になるのです。ですので、このシーンのカメラ目線のショットも主人公は画面の中心にいます。

さらに、重要なのはカメラ目線で話すのは主人公だけと言う事です。
まずこのシーンで主人公は誰と会話しているでしょう?
バーテンダー? …違います。
実はこのシーン、主人公は常に自分と話しています。

この映画の簡単なあらすじはというと、リゾート地にある怪ホテル、冬の間雪で閉ざされるこのホテルの管理人として家族で引っ越してきた主人公が徐々に狂っていき、最終的に自分の家族に手をかけていく…という話しです。

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大事なのは、このシーンの冒頭。バーには誰もいませんでした。この映画の巧妙なところは、ジャック・ニコルソン扮する主人公が顔を覆い、手をどけた所で観客と目線が合います。ここで、観客はドキッとさせられるでしょう。その後、この男がこちら側に向けて話していると思えば、突然、今まで居なかったははずのバーテンダーが現れて、彼と会話している様相を映し出していきます。バーテンダーは何処から来たのか?歩いて??違います。
主人公がいる対面、バーの中には何があるでしょうか?そう、鏡です。
冬の間閉鎖されるこのホテルの居るのは主人公家族だけ。そもそも、このバーテン自体存在しないのです。
主人公は鏡に写った自分の姿をバーテンダーと思って会話しているのです。しかも、幻であるバーテンダーの写ったショットは常に360度ルールに則って撮影されています。
ここでのカメラ目線のショットではカメラは鏡の役割をしており、それ以外のショットは全て主人公の妄想=主人公にとっての現実世界ということになります。

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ここで言いたいのは、カメラ目線のショットは明確な理由付けと、綿密な計算が必要となる大変高度なテクニックになるという事です。
この映画と、このシーンの凄さを更に解説すると、実は鏡が重要な役割を果たすというシグナルを事前のシーンで何度も示しているのです。分かりやすい所で言うと、冒頭のヘリコプターから川の水面を写したシーン。水面には山が鏡の様に写っています。さらに、主人公達が引っ越ししてきた当初、朝食を食べるシーン、実は鏡越しで撮影されていた事がショットの中盤で分かり、更に最後に強調されます。これはこのショットでは観客に無意識に自分たちに話しかけられているのでは無く、鏡に向かって話しかけていると言う風に認識させるために導く為のものなのです。
以上の様に、このシーンを撮影するまでに様々な計算が尽くされています。

シャイニングのその他の違和感シーンを知りたい方はこちらに解説した動画があります。残念ながら英語ですが、見てれば映像付きで解説してくれているので分かると思います。

次回は別の事例を使っての解説です。

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