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#1【横歩取り研究】最善を追求する横歩取り戦法

横歩取りの魅力

 横歩取りは15手目▲3四飛と後手の横歩を取る事から始まる戦法で、先手は一歩得を主張、後手は手得を生かして主導権を握ろうと早い動きを目指すのが特徴です。
 序盤から機動性の高い飛車・角・桂馬のような飛び道具が激しく飛び交う事が多く、序中盤を飛ばしていきなりスリリングな終盤戦を味わえるのが横歩取りの魅力といえます。

15手目 ▲3四飛まで

アマチュア間で横歩取りは先手不利?

 2022年現在、横歩取りは先手に分がある戦法という見かたが強くなっているように思います。それは、横歩取りに対するAIの評価が高く、プロ間でも先手勝率60%という高い勝率を示しているというのが主な理由です。詳しくは渡辺名人の【作戦術】という動画の前半部分をご覧ください。


 アマチュア間ではどうでしょうか。将棋倶楽部24棋譜サービスの局面分析を使って15手目▲3四飛の局面を調べたところ、8775勝8293敗=勝率51%と拮抗した成績となっています。さらに▲3四飛に対する後手の応手をみますと

 16手目△3三角は4450勝3777敗 = 勝率54%

16手目 △3三角まで


 16手目△8八角成は3284勝3506敗 = 勝率48%

16手目 △8八角成まで

 後手は16手目に△8八角成を選べば、アマチュア間ではわずかではありますが、後手が勝ち越すという結果となっているのです。16手目△8八角成は後手が得意な形に誘導しやすいというのが、後手が勝ち越す結果となった理由でしょう。先手が横歩取りを選ぶと、16手目△8八角成を回避することはできませんので、先手は実戦的には勝ちにくい戦いを強いられるわけです。
 一方でプロ間では16手目△8八角成はあまり指されていません。正しく対応できれば先手に分があるという見かたが強いのだと思われます。

先手が横歩取りを避けるには

 アマチュア間で横歩取りは先手負け越しとなると、横歩取りを避けて他の戦法を採用するという手も考えられます。居飛車党同士の相居飛車戦において、先手が横歩取りを避けようとするとどのような戦型となるでしょうか。4つほど例を挙げてみます。

①角道を止める(雁木・矢倉)

5手目 ▲6六歩まで

 角道を止めればお互いに飛車先を交換する展開にならず、横歩取りを回避できます。先手は角道を止めたので急戦は消え、雁木や矢倉のようにじっくりと陣形を整えるのが自然です。
 一方、後手は角道が開いていることを生かして急戦を仕掛けることもできますし、先手に追従して角道を止めて持久戦に持ち込むこともできます。
 どのような展開になっても一局の将棋で互角としかいえませんが、後手だけに急戦・持久戦の選択権があるのは、先手としては不満が残るところでしょうか。

②一手損角換わり

5手目 ▲2二角成まで

 序盤早々に角交換してしまうのも横歩取りを回避する方法の一つです。お互いに▲7七銀△3三銀が間に合うので、飛車先の歩を交換する展開になりません。
 そのかわり序盤で▲2二角成として角交換をするのは一手損になり、先手番の得を生かしにくい展開になります。将棋は先手のほうが若干勝率がいいといわれていますので、厳密にいえば、この角交換は先手番を放棄する損な手であるといえます。

③▲2六歩~▲2五歩

3手目 ▲2五歩まで

 ▲2六歩△3四歩▲2五歩とすれば、後手は一方的に飛車先の歩を切られるのを避けるために△3三角と上がることになり、横歩取りにはなりません。これは角換わりという戦型になることが予想されます。
 通常の角換わりと違うところは、後手が△8四歩を保留しているところ。後手は△8四歩と突いて通常の角換わりに戻すこともできますし、△8三歩型を生かした作戦を立てることもできます。
 後手としては、作戦の幅の広さを実利に繫げるのも簡単ではないですが、序盤の選択肢が増えるのは悪い気はしないでしょう。

④15手目▲2六飛

15手目 ▲2六飛まで

 先手が15手目に横歩を取らず▲2六飛と引けば、横歩取りではなく相掛かりの将棋になります。以前は序盤早々に飛車先の歩を交換して浮き飛車に構える形は一つの作戦とされていました。この作戦も互角の範囲ではありますが、現代相掛かりの考え方では、厳密には先手が損しているといえます。
 理由としては、現代相掛かりでは飛車先の歩交換は後回しにして、一番いいタイミングで▲2四歩を狙うのが主流となっているためです。真っ先に飛車先の歩を交換するというのは、これを放棄することになるのです。

最善を追究する横歩取り戦法

 上記①~④のように先手が横歩取りを避けようとすると、どうしても「厳密には先手が損」であったり、「後手にだけ選択権がある」という状況になります。誤解を恐れずに言えば、先手が横歩取りを避けるということは、先手のわずかな得を放棄して妥協するということです。

 ただ正直に言いますと、序盤のわずかな損得なんて勝ち負けにはほとんど影響しません。そんなことよりも自分の得意な形に誘導したほうがよっぽど勝ちやすいです。横歩取りにこだわる必要はまったくありません。それでもわずかな損得を追求したいという居飛車党の方は、先手番では横歩取りを受けることになるわけです。

 プロ間ではどうでしょうか。タイトル戦などによく登場されるトップ棋士である藤井五冠、渡辺二冠、永瀬王座、豊島九段は、先手横歩取りを避けません。この辺り妥協しないところがトップ棋士たる所以といえます。
 しかしプロ間でも先手番で横歩取りを避ける方はたくさんいます。プロは勝つのが最優先。わずかな得を求めて失敗するよりも、得意な形に持ち込んで少しでも勝つ可能性を高めるのが仕事です。この辺りはアマチュアと比較にならないほどシビアなのかもしれません。

 そういう意味では、負けても失うものはないアマチュアだからこそ、横歩取りに挑みやすいともいえます。横歩取りは、勝ちやすさよりも序盤のわずかな得を優先する、最善追求型の戦法なのです。


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