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松井彰彦『高校生からのゲーム理論』を読んで

自分の意見等を書く前に、この記事は同じコミュニティのメンバーであるジパングさんの800字書評及びnote記事を前提としている事を述べておきます。以下がジパングさんの800字書評とnote記事のリンクになります。

まず、本書はタイトルからも明らかであるように、ゲーム理論を知らない人を対象としたゲーム理論の入門書である。私自身はゲーム理論については存在を知っているというだけの所謂ズブの素人の立場なので、まさにこの本の対象ドンピシャである(余談にはなるが、この本のあとがきに本書の題名を『高校生"から"のゲーム理論』としたのは、大学生や社会人、学校の先生など色んな人に読んでもらいたいという願いが込められていることが書かれている)。
そういう事で、この本の構造の大枠やゲーム理論の例などついて素人の視点から話をしていこうと思う。

本書の構成と特徴

本書は序章やあとがきを除くと、大きく分けて戦略編・歴史編・市場編・社会編・未来編の5つのパートに分かれている。各パートのざっくりとした内容とその所感を以下で述べる。

戦略編では、「囚人のジレンマ」の話や「ゼロサムゲーム」の話など、ゲーム理論に詳しくない人でも一度は聞いたことのあるような話題について触れられている。この章で書かれているこれらの考え方は、以降の章で様々な問題を取り扱う際の根幹になっている。
歴史編では、三国志の歴史と古事(背水の陣、天下三分の計)や古代ギリシア時代のペルシア戦争をもとにした戦術をゲーム理論を用いて考えられている。ゲーム理論という概念が確立されていなかった古代の人々の思考の中にも、ゲーム理論の基盤となっている論理が働いているという事実は、大変面白く興味深いものである。
市場編では、『手ぶくろを買いに』という作品で店主が子ギツネに手ぶくろを売ってくれたのは何故か、という話を導入として、実際にかつて存在していた企業であるエア・ドゥの企業戦略の是非を「新規事業者として参入するか・参入しないのか、また、どのような路線で売り出すのか」という観点をもとに論じている。
やや余談に近いものだが、本章では折り紙を用いてできる数学の話が登場する。後で詳しく中身について述べているため、楽しみに読み進めて頂けると嬉しい限りである。
社会編では、著者の経験をゲーム理論を用いて社会の構造について考えていくというアプローチをとっているが、中々にこのエッセイ形式の回顧が面白い。筆者の人柄は本章の全般を通じて感じることができるが、特にエッセイの部分ではより顕著に感じることができる。著者の思想的源流を感じ、人柄に思いを馳せることは本を読む際のひとつの楽しみ方であるが、本書を読む際にはその事を意識しながら読むと心地よいと思われる。
未来編では、ゲーム理論とは詰まるところどのような学問なのかという部分に着目をし、我々がこれから生きる上でゲーム理論とどのように付き合っていくべきかが論じられている。この章で登場するヒュームやアインシュタイン、プラトンの話は以前の章に比べて抽象度が増した議論が行われている為、読む際には注意しながら読むと良い。

本書の大きな特徴の一つとして挙げられるのは、各章を通じて具体例が非常に豊富である事だろう。この豊富な具体例によって、ゲーム理論が意外と私たちの生活に深く関わっているということが感じ取れるだろう。私を含むゲーム理論素人は具体例を探し出してくることに一苦労することが予想される為、各所で具体例を提示してもらえるのは「ゲーム理論とご近所さんになることができる感覚」があり不思議な体験ができたように思う。

個人的に面白いと感じた箇所

本書では、折り紙の話を日本の伝統産業と繋げた上でゲーム理論を絡めて最善手を考えるという事をしているが、折り紙を使ってできる数学の話が登場する。それは「折り紙を使うと任意の角を3等分できる」というものである。数学をやっている人間であれば、「任意の角を定規とコンパスを用いて作図することは不可能である」という事実を耳にしたことがあるかと思われるが、日本に古来より存在する折り紙で任意の角が3等分できてしまうというのは非常に興味深い。具体的な手順を知りたい読者は是非本書を購読することを薦める。当然この折り紙の話は大変興味深いが、他の部分も非常に面白い。数学の話題に興味を持って本書を読み、他の部分でも面白さを見出してもらうことができれば、本記事を書いた目標の大部分は達成される為、自身の手でページをめくる感覚を味わいながら本書を読んで頂きたい。

おわりに

本書中で筆者は、「ゲーム理論は社会における人間関係を分析する学問であり、ひいては社会のしくみそのものを分析する学問である。」と述べている。本書を読み、ゲーム理論を様々なモデルに照らし、我々人間の営みを考えていくというある種身近で血の通っている学問なのだと感じた。より突き詰めれば、ゲーム理論とは人間自身について考える学問なのだろう。「学問があって人間がいるのではなく、人間がいて学問がある」ということである。本書は、かつての私のように「ゲーム理論など全くもって自分に関係ない」と考えている人物に読んでほしいと願う。

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