あなたに会えたら

 ライブハウスでの熱狂が冷めてくるとたまらなくさみしくなってくる。今回も彼らに会うことはできなかった。わたしにとって彼らは砂漠の果てに見える湖、見つけたと思い近づいたら消えている逃げ水、蜃気楼のような存在。彼らの姿を追い始めて三年まだその姿を見たことはない。
 ライブでかいた汗で身体が冷えてきたので、わたしはいつも通り駅前のドトールへ向かうことにした。いつものようにブレンドコーヒーのMを受け取ってから二人掛けのテーブル席に座った。
 そこまではいつも通りだったが今日は違った。
「ここは空いてますか?」目の前にコーヒーカップが載ったトレーを抱えた男がいた。彼はわたしの答えを待つこともなくトレーを置き、向かい側の席に座った。「あなたの姿をよく見かけるもので一度会って話がしたかったんです、さっきもカール・ハインツで姿を見かけたもので追いかけてきました」
 男はにっこりと笑った。笑顔は悪くない。チャラい雰囲気だが口調は丁寧だ。
「さっきまでいっしょだったってこと?」
「もちろん、傍で見ていて、あなたは音楽が好きなのはひしひしと伝わってくる。しかしいつもどこかさみしそうだ。なぜです?」
「いつもって?」
「いつもです。あなたが大小問わず多数のバンドが参加するイベントに出向いているのはよく知っています。心から楽しんでいる様子のあなたに何が悲しみを与えているんです?」
「それは……」なぜか理由を聞いてもらいたくなった。一度話してひどく後悔することになったのに「探している、会いたい人達がいるの。でも、まだ会ったことがないからだと思う」
「それはふと出会った人、それとも昔憧れた人?」
「そんなのじゃなくて、一度会ってみたい人達、and more、アンドモア。バンドなのかソロでやっているのか分からないけどチラシやラジオのDJが必ず最後に紹介する名前。どういう人達かはかはわからないけどいるはず、でも実際会場にいってみるといつもいない」
 わたしは自分の言葉でいつもの悲しみ、さみしさがぶり返して来た。やはり言わないほうがよかったか。
「なるほど、あなたは本当にアンドモアについて知りたいのですか?」
「はい!」わたしは考えることなく答えた。
「結論から言うとあなたはすでにアンドモアに何度となく会っている。それを知らなかっただけです」
「えっ!?」
「嘘じゃない、本当の話です」彼の目に何か新しい光が宿った。「実はアンドモアに目に見える姿はありません。しかし存在します。チラシや新聞などの紙媒体、もしくはウェブ上に書かれ、ラジオDJなどがその名を高らかに告げることにより召喚される存在。例えるなら音楽の精霊というところでしょう」ここで彼はコーヒーを口にした。「召喚されたアンドモアはその場を盛り上げ気づかれることなく去っていく。しかし、極稀にあなたのようにその存在に気が付く人がいます。そんな時はアンドモアはうれしくてたまらなくなってしまう」
 彼が持つコーヒーカップが揺れ、中身が紙ナプキンの上に落ちた。
「これは失礼、今日はあなたに会えてうれしかった。アンドモアは音楽と共にある。また会いましょう」
 
 突然、軽いめまいに襲われ頭を振った。ふと前を見ると誰もいなくなっていた。
 今のは何だったのか、夢か。座った途端に眠ってしまったのか。夢にしても奇妙だ精霊アンドモアなんて……。
 眠気覚ましにコーヒーをと視線を下げた時目に入ったのは向かい側の席に置かれたベージュ色のトレー。その上には中身の減ったコーヒーカップと汚れた紙ナプキンが載っていた。
 なぜか笑いがこみあげて来た。
「アンドモアは音楽と共にある」
 わたしはそう声に出してからさめたコーヒーを一気に飲んだ。

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