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メタ観光の可能性

理事:真鍋陸太郎

これは、2021年3月25日に行われた一般社団法人メタ観光推進機構設立記念シンポジウム「はじめてのメタ観光」での講演内容です。シンポジウムの様子はこちらからご覧いただけます。https://youtu.be/4cDsxo_sf0w

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機構のホームページにメタ観光の定義が記載されています。「GPSおよびGISにより位置情報を活用し、ある場所が本来有していた歴史的・文化的文脈に加え、複数のメタレベル情報をICTにより付与することで、多層的な観光的価値や魅力を一体的に運用する観光」。この定義は難しい表現となっていますが、神田須田町にある老舗和菓子屋「竹むら」を例に見てみましょう。

竹むらは揚げ饅頭が有名な和菓子屋さんです。夏にはかき氷もおすすめですし、あっさりとところてんを楽しむのも良いでしょう。でも、メタ観光はそれだけではないと言いたいのです。1977年には池波正太郎氏のエッセイ『散歩の時に何か食べたくなって』に登場します。2000年には東京都選定歴史的建造物に選定され、2005年の仮面ライダー響鬼では「甘味処たちばな」のロケ地として登場し、2013年にアニメ「ラブライブ」の高坂穂乃果の実家「和菓子屋穂むら」のモデルとなります。さらに、2016年に登場したポケモンGOのモンスターも当然ながらここには現れます。ここに書いたことは、竹むらという場所を「複数のメタレベル情報」で捉えたものです。こういった見方がメタ観光の考え方です。

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メタ観光推進機構のロゴはメタ観光の概念を表現したものです。これを分解してみるとメタ観光の可能性を捉えるための3つの視点が見えてきます。1つは「レイヤーとして捉える」こと、1つはレイヤーを「コンテンツ化していく」こと、そしてもう1つは「その『場』でつらぬく」ことです。メタ観光は、まったく新しい観光の考え方ですが、この3つの捉え方はずいぶん前から存在しました。少し学術研究の世界を見てみましょう。

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都市をレイヤーとして捉える方法は都市づくりでは一般的です。ランドスケープアーキテクトであるIan L. McHargは、1967年の著書「Design with Nature」の中で、都市を物的環境や社会的環境の要素別に捉えて層としてみていく方法を示しています。

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また、地理学者のMichael F. Goodchildは2007年の論文「Citizens as sensors: the world of volunteered geography」の中で、市民がセンサーとして活躍すること、それらがボランタリーな地理情報を生み出すことを、Flickrなどの例を挙げて論じています。都市の様々な要素がレイヤーのコンテンツとなる様を描いていると言えるでしょう。

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2003年に私は「カキコまっぷ」というインターネットの書き込める地図システムを開発しました。これは、「場所をインデックスとした掲示板」として捉えることができ、またいくつかの要素を「場」でつらぬくことで、空間に関するソリューションを得ようというものでした。

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では、実際のメタ観光にとって重要なものは何でしょうか?メタ観光推進機構の理事で何度も議論を積み上げて2つの要素を整理してきました。1つはレイヤーのあり方について、もう1つはメタ観光を実現する技術・システムについてです。

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ここで示す考え方は今後アップデートされるべきものですが、いま考えているレイヤーの種類・要素を示します。

1つ目は「既存の観光要素」です。これはいうまでもないですが、名所・旧跡、グルメなどの一般的な観光要素、少し思考を膨らませると、サウンドスケープや環境音楽、ICTの力を借りると季節限定の観光要素を通年のものにするといった拡張も考えられます。

2つ目は「これまでは観光要素と捉えられなかった地域要素」です。微地形、昭和レトロ、フォント、電線、トマソンなど、こだわりのある人が知っている街の資源・価値、都市計画やまちづくりで広く扱われてきた地域の人こそが知っている街の資源・価値などがこれにあたります。

3つ目は「聖地巡礼やコンテンツツーリズムにみられる『創作』から実空間へつながる要素」です。これは仮想・創造世界と実空間とをリンクさせるレイヤーと言えるでしょう。若かりし頃の私が椎名林檎の「正しい街」の歌詞に出てくる風景を求めて福岡をめぐったのは、椎名林檎レイヤーを再現したことになるでしょうか。

4つ目は「バーチャルな世界で生成される要素」です。ポケモンGoに代表される「位置ゲー」などによって市街地にゲームを埋め込むというレイヤーにはじまり、インターネット上に多様に展開されるテキストによるコミュニケーションの様子もこれにあたります。もちろんInstagramやYouTubeなどのインターネット上の視覚情報、さらにはそれらの作り手もバーチャルな世界で生成される要素です。

5つ目は「(新しい)体験価値」レイヤーとしました。例えば、いま自分がいるその場をドローンから見ることができたり、目の前が800年前の古戦場として再現されたり、もしかするとNHKスペシャルの内容がその場で再生され体験することになるかもしれません。

最後に6つ目は「美術作品」です。浮世絵には多くの景色が描かれていてその世界観とともにその場で楽しむことができるでしょう。あるいは、その場の意味を汲み取った現代アート作品は、私たちに新しいレイヤーを提供しているといえます。

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ここで、2つ目のレイヤーとして紹介した「これまでは観光要素と捉えられなかった地域要素」、それも地域の人こそが知っている街の資源・価値の実践例を1つ紹介します。「文京あなたの名所ものがたり」は、公式に記録された地域の歴史ではなく、その地域に住む・関わる方々が重ねてきた地域の歴史を描き出し共有するための新しい試みのワークショップであり、このワークショップではさまざまな場所の個人の思い出からその場所の魅力を再発見・創出していきます。元来は、地域の人に地域に対してより深く関心を持ってもらおうという意図での取り組みですが、ここで可視化される「体験・思い出」は、その場に触れる他者にとって非常に興味深い観光要素となることでしょう。


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さて、もう1つの重要な要素が、メタ観光の可能性を実現するための技術・システムです。4つの段階として整理してみます。

1つ目が「情報を生み出す / 取りまとめる」段階。メタジェネレーター(メタラー)が活躍します。価値ある情報を創造すること、あるいは既存情報を取りまとめて、その取りまとめたことに価値が生まれること、そういったことが、ソーシャルメディアであったり、語りであったり、市民とのワークショップの場面や、もしかしたら行政資料の中からも生まれきます。

2つ目が「情報を蓄積する」段階。情報技術的には、データベースとかサーバとかGIS(地理情報システム)とかを活用するということになりますが、すでに様々なデータベースが運用されている現在において、解くべき課題はそれらを運用する社会システム・社会技術を構築することです。昨今、「都市OS」という言葉がよく聞かれます。この都市OSを拡張してメタ観光につなげられるか検討していきたいところです。

3つ目の段階が「情報の取捨選択・編集」。ここでは、(メタ)キュレーターが編集者として活躍します。創造され、蓄積された情報を適切に取捨選択・編集して、メタ観光としての文脈を与えます。

 4つ目の段階が、「情報の開示と伝達」です。(メタ)キュレーターはナビゲーターとなります。 開示と伝達の際には、GPS機能/5Gを装備しAR/MR/VRを実現するスマートフォンが活躍するでしょう。あるいは、街の中に埋め込まれたデジタルサイネージやフォログラム、もしかしたら古典的な掲示板が活躍するかもしれません。キュレーターはブラタモリの「タモリさん」(のような人)が理想でしょうが、萌キャラ仕立てのAIがキュレーターになるかもしれません。

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さて、以上、メタ観光の可能性について論じてきました。最後にごく簡単にまとめてみましょう。まず、普段からまちづくりの現場に触れている私が直感的に感じたことは、メタ観光はこれからの「まちづくり」そのものでもあるということです。地域に目を向けて資源・価値を明らかにすること、それを通じてシビックプライドを醸成し、地域人材を育て、地域学習を活かす機会を作ることがメタ観光とまちづくりとに共通すると感じました。

また、メタ観光で重要な役割を持つレイヤーを作るためには、メタジェネレーター(メタラー)に活躍してもらわねばなりません。そのためにメタラーをリスト化するわけですが、すでに面白いもの・人はたくさん存在していますし、その時の「面白い」は先入観にとらわれないはいけないでしょう。また、メタラーは地域とつながっているということも大事な視点です。

メタ観光ではICTが重要な役割を担うということは明らかです。しかし、ここでのICTは特段難しいことは(一部を除いて)要求しなくて良いのではないでしょうか。どの場面で何が必要かを整理して、社会システム・社会技術として構築・実装できるかが大事なことだといえます。

(参考文献 / URL)
Ian L. McHarg, Design with Nature (Wiley Series in Sustainable Design) ペーパーバック, Wiley, 1995
Michael F. Goodchild, Citizens as sensors: the world of volunteered geography, GeoJournal ,volume 69, pp. 211–221, 2007
真鍋陸太郎他『インターネット書込地図型情報交流システム「カキコまっぷ」の課題と展開可能性』, 都市計画論文集,No. 38-3, pp. 235-240, 2003
Storyplacers 「あなたの名所ものがたり」, https://bunkyomm.tumblr.com
東京大学大学院情報理工学系研究科 廣瀬谷川研究室 「思い出のぞき窓」, http://nozokimado.org /
真鍋陸太郎「21世紀型の住環境の評価 : 様々な多様化をともなう住環境評価」, 都市計画, vol. 313, pp. 32-35, 日本都市計画学会, 2015

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