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【第12話】〜その場で、一緒に空気を感じたい〜

本村へのメールは、リアルなライブハウスの出演オファーだった。
迷ったが出ることに決めた。
ちょうどそんなことを考えていたというのもあるけれど、大きかったのは高島の後押しだった。

「先生のラップを聴いていて思ったんだ。確かにバーチャルもいいけど、やっぱり前教室でリアルに聴いた時、伝わってきたものが大きかったから」

確かにそうだ。
コロナ禍で音楽や演劇などはリアルに観ることが難しくなった。
オンラインでたくさんの人が同じ瞬間に共有できるのはいいけれど、やっぱりそれだけじゃ足りないものがある。

その場で、一緒にその空気を感じたいのだと思う。
「俺が描くよ」とリアルなライブのために、隈取のお面を高島が描いてくれた。高島が漫画を描いていることを知らない本村は、「うまいな、」と驚く。

「歌舞伎の隈取ってさ、血管を表してるんだって。血が通うっていうの? 怒りとか、そういう熱い感情を表現してるってことなのかな」

本村はステージに上がった。
歌舞伎の隈取のお面をつけ、息詰まる若者に自由をと叫ぶラップ――。
その様子をライブハウスの端っこで見ていた高島は、気分が高揚するのを感じた。
いつもの教室の本村からは想像もできない、解放された姿。
何か、葛藤した末に本村が出した答えを見ることができた気がした。

「すごかったよ」ライブが終わると、高島は本村に声をかけ、達成感に満ちた本村と楽しそうに話す。

静かに興奮していた二人は、どこかから自分たちの様子を撮影する影など、気付くはずもなかった。