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積む前に掬う:『皇女アルスルと角の王』

積み◯◯になる前に、意識して救う/掬う試み。

珍しく?久しぶりに?表紙買いした作品。出版は2022年なので、近刊とかではないが、買ったのはごく最近。読書傾向がファンタジーに回帰しつつある昨今(SFは買っても積まれているだけ説もあるが)。

皇女アルスルと角の王

特別な才能もなく人づきあいも苦手な皇帝の末娘アルスルは、いつも皆にがっかりされていた。ある日舞踏会に出席していた彼女の目前で、父が暗殺された。アルスルは皇帝殺しの容疑で捕まり、無実の訴えも空しく帝都の裁判で死刑を宣告される。一族の所領である城郭都市に護送されたアルスルを待っていたのは、鍵の城の城主リサシーブ……。優れた能力をもつ獣、人外が跋扈する世界を舞台に、変わり者の少女の活躍を描くファンタジイ。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784488529079

※以下ネタバレ注意

「人外」と呼ばれる存在(超能力あるいは魔法を操る躰がデケー動物たち)と共存し、時には敵対する世界で、主人公の孤独な皇女アルスルが戦い成長していくという骨子は王道と呼んでいいし、舞台立てやキャラクターの造型にも参照先みたいなものが見え隠れするが、それらの要素が最終的には統一感のあるユニークな仕方でまとまっているので、面白く読めた。

また、個人的な好みとしては、和風の泥臭さみたいなものがなかったところがよかった。寧ろ、意識して雰囲気や単語を翻訳風にしている感もある(主人公のあだ名である「レディ・がっかり」とか、「人外」といった呼称等)。とはいえ、完全な造語ばかりとか、ラテン語がカタカナでゾロゾロ出てくるようなこともなく、丁度いい。

世界観はウィッチャーシリーズとか炎と氷の歌シリーズに近いのかな。今のところ、諸外国と戦争したり、宮廷の陰謀といった要素はそこまで前面には出てきていないけれども。寧ろ、ファンタジー世界とその裏側の原理が前掲の2つのシリーズっぽいのかな。リサシーブやチョコレイトの、世界の原理を説明するセリフが「我々に意味の通じる形でメタ的に訳された」ものなのか、「現実世界と同じものを指す」のかがわからないけど、もしかするとある種の科学文明の上にオーバーレイされたファンタジー世界なのかもしれない。

主人公:アルスルのキャラクターは、本質が「人外」に近いために他者との意思疎通がうまくできないが、実は秘めた想いや才覚があるという、実に主人公らしい主人公である。ともすればなろう的なものに堕してしまいそうな属性でありつつ、そう見せない展開や演出が行き届いている。リサシーブとの友宜も相まって、『もののけ姫』のサンを少し思い出した。思考や感情をうまく言語化できないという個性がここまで前面に出ているキャラクターがファンタジー作品の中心に据えられているのは珍しい気もする。

本作のもうひとり(一匹?)の主人公であるリサシーブは、能力だけで言えば西洋風くだんだ。その予言に依存しきり、囚われた現状に慣れきった人間たちは彼の孤独を理解できない。彼はアルスルの孤独と共鳴すると同時に、敵役である「走訃王」とも鏡合わせになっているキャラクターだ。人間を喰らいすぎて思考が人間に漸近し零落してしまった神と、予知された未来から逃れるため、人間との駆け引き、権謀術数にのめり込んで思考が人間に近づいていったリサシーブは裏表の関係だろう。避けようのない「宿命」は、今後シリーズでも出てきそうなテーマである。

走訃王との2度ある対決は、舞台がどちらもゲームっぽさ(もっと言えばフロムゲーっぽさ)があって面白い。走訃王自身も、最終的にはユニコーンの姿だが、変化する巨大な人間と混じった馬という造型は、Bloodborneの「聖剣のルドウイーク」が浮かぶ(彼は人から馬モドキになったから逆だけど)。また、各地に王が点在する世界は、エルデンリングのようでもある。ゲームらしさは、整理されたフレームワークと明確な目標の提示故かもしれない。

アルスルの運命は点として先まで提示されているが、その間で起こることが明かされるかはシリーズの継続次第のように思えるので、是非末永く続いてほしい。すくなくとも、六災の王を一巡りするまでは。


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