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小説・占い師の時代(5)第五章 共同体の行方

 砂村芳夫は探偵事務所を経営する社長だ。創業の時からお世話になっている田岡源太郎の講義を聞くためにパソコンを立ち上げて、ZoomのURLを入力する。

 土曜日の夜は田岡源太郎のZoom放送局である。2020年のコロナバンデミックを契機に、源太郎がはじめたZoomのオンライン講義である。源太郎がこれまで出会った人や、噂を聴いて誰の紹介もなくアクセスしてきた人もいる。

 今夜の集まりは悪いようだ。多い時は30人くらいの顔が画面に映るのだが、10人くらいだ。それでも何度も画面越しで会ってる顔ばかりなので、緊張感はない。最初は、知らない人ばかりのところで、源太郎の破天荒な話を聞くのだから、緊張して、終わったあと、不眠症になったこともある。

 源太郎がいきなり講義をはじめた。

「時間なのではじめます。今日はコミュニティの話だ」

 コミュニティか、最近、会社の会議でもやたらと出てくる言葉なので、関心がある。

「コミュニティとは共同体だな。なんのために人類が共同体を開発したからというと、生物としては弱々しい生き物だったからだ。最初は、共同体を作って、大型の獣を狩りしたりしたんだな。やがて、平地に、農地を整備して畑を創り出したり、海辺で地引網のような装置で漁業をはじめたりする時に、近隣の仲間との共同作業が必要になり、繰り返しているうちに連帯感のある共同体になったんだな」

「昔、ある思想家が、人間が人工的に意識を発達させたものは、詐欺の能力だと言った。狩猟するために罠を仕掛けたり、本来、咲くことのない土地に、自分たちの都合のよい植物を植えて、植物を騙して成長させて食べてしまうのだから。人類の意識の歴史が詐欺師の歴史だと思うと、政治の世界やVRの世界に現代人が夢中になるのも分かるな」

「コミュニティとは何か。それは、人間が人間の肉体を維持するために必要だった方法論なのだ。農業の時代は、地域の共同体が共同して食料を確保し、工業の時代は会社という共同体で、近代社会を生き延びるためのお金を獲得するために社員が協力した。種を保存するための肉体生存を保証するために共同体が必要だったのだ」

「しかし、人間は、肉体を維持するためだけではない共同体を作った。それが宗教だ。宗教のはじまりは、肉体を維持するための共同体が破綻したり、そこから脱落した人たちを救済するために作られた『魂の救済共同体』である」

「現代社会は、古い共同体の論理が破綻して、個人が単独で共同体を内包するべき段階に来ている。よく話をしている『社会を内包する個人』の問題だ」

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