ガーシーとは何者か(1)ガーシーchのこと。「ワルの正義」


1.唐獅子論理

僕がはじめて書いた原稿は、1969年、大学の友人と発行した同人雑誌に掲載されたものである。タイトルは「唐獅子論理」。当時、池袋文芸坐や高田馬場早稲田松竹、新宿武蔵野館などに通って映画ばかり観ていた。もちろんウエストサイドストーリーをはじめ洋画もたくさん観たし、アートシアターギルドの会員になって、ATGや蠍座での実験映画も観ていた。

しかし、高倉健が主役の任侠映画は時代環境もあり、特別な高揚感があった。「唐獅子論理」は、日本任侠伝の唐獅子牡丹からの言葉だが、高倉健演ずる花田秀次郎がなぜあんなに強いのかを、神島二郎の社会学を援用して書いた映画評論である。今となっては恥ずかしい(笑)

日本人は任侠映画が好きだと思う。任侠というと抗争ばっかりやってる暴力的な映画のことを思い浮かべるかもしれないが、「フーテンの寅さん」だって、テキヤであり、ヤクザの周辺産業であった。少なくとも普通のサラリーマンではない。江戸時代からの講談の世界でも、清水次郎長や国定忠治という、任侠の親分の大スターがいる。

そして、少年漫画の王道は不良マンガである。「あしたのジョー」を代表作とする梶原一騎の原作マンガは、だいたい不良物語である。80年代からはじまる、きうちかずひろの「ビー・バップ・ハイスクール」から、高橋ヒロシの「クローズ」「QP」「WORST」などの不良少年マンガの流れは、不良マンガの王道であり、僕も、ずっと追いかけていた。

2.世界の映画

世界の映画の主要コンセプトを大雑把に整理したことがある。アメリカ映画の主役は、警察官や軍人が多い。昔の西部劇の時代は騎兵隊である。フランス映画は、ナンパ師や泥棒が思い浮かぶ。イギリスはスパイや異常者となる。そして、日本は圧倒的にヤクザや不良が多い。なんとなく、民族の性格が現れているように思う。

日本の任侠映画のパターンは、清廉潔白な正義のヒーローではなく、普段はヤクザの客分をしているのだが、我慢に我慢を重ねるが、どうしても許せない悪役親分のところに、単独で殴り込みをかける。「昭和残侠伝 死んで貰います」(1970年)で池部演ずる風間重吉がクライマックスで高倉健演ずる花田秀次郎に「ご一緒、願います」と同行を願い出るセリフは、当時、話題になった。

日常は生きるために、道理に合わないことをやらざるを得ないが、最後に堪忍袋の緒が切れて、正義を貫くという姿に、観客は自らの生活意識に重ね合わせて、溜飲を下げたのであろう。

3.ガーシーchの登場

今年の2月くらいから、ネットでは、ガーシーchが、一番の話題である。ガーシー(東谷義和)は、大阪伊丹の出身でロンドンブーツの田村淳と出会い、そこから芸能界との関係が生まれ、六本木や西麻布でバーを経営し、タレントたちの溜まり場となる。面倒見の良さから、タレントたちの代わりに店の予約や旅行の手配、誕生会の運営、女の子を集めたりする「アテンド」として、業界で有名になる。

しかし、ギャンブル依存症から多額の借金を作り、BTSに合わせるからと女の子から金を集めるという詐欺を働き、そのことをZ李(新宿疎開のボス)に暴かれ、YouTuberのヒカルが拡散したことにより表沙汰になり、実家までさらされてプッツンして、暴露系YouTuberとして、27年間のタレントとの付き合いで知った裏情報をYou Tubeで公開。1ヶ月ちょっとでチャンネル登録者数は100万人を超える。そこから、毎日のように誰もが知ってるタレントやアイドルの裏話が公開され、業界騒然だろう。

ガーシーはヤクザでも半グレでも輩でもないだろうが、田村淳と出会ったのも、田村たちがスナックで女の子たちと楽しそうに飲んでた場所にいて、「あいつら調子乗ってるからシバイたろか」という感じで詰め寄ろうとしたが、店の人に止められて、その間に淳たちは店から逃げた。そのあと偶然、別の場所で田村を紹介してもらい「あんた、オレたちのこと殺そうとしたろう」と言われたとか。そこから二人の関係が生まれ、ガーシーを東京に呼んで、最初は、淳の部屋に同居するほどの仲になったという。

まあ、イケイケの突っ張り君だったのだろう。そのガーシーが今まで世話になった芸能業界を敵に回して、自爆覚悟の殴り込みをかけたのだから、これはまさに、任侠映画から高橋ヒロシのマンガのような展開である。

YouTuberにもいろんなタイプがいる。勉強系YouTuberや実用系YouTuberもいるが、不良系YouTuberや、詐欺師系YouTuberや、格闘系YouTuberなど、荒れた高校のような気配がする。現実のハイスクールがどうなっているのか分からないが、You Tubeみてると、なんか危ない高校に紛れ込んできたような気もする。その中で、あっという間に100万フォロアーを獲得してガーシーには、それなりの魅力と理由があるのだと思う。

4.テレビ業界の闇

ガーシーが27年間、 馴れ親しんできた芸能界は、興行の世界からはじまり芝居小屋がテレビに変わってから、巨大な産業になった。日本の成長期には、成功した企業が莫大な広告費をテレビ業界にぶちこんだ。規模は拡大したが、構造は芝居小屋の興行と変わりがなかった。

テレビに登場するタレントは300人ぐらいだと言われている。その中の100人程度が売れっ子のタレントである。この枠の中に入れる新人は少数である。それは、番組制作に慣れていない新人を使うより、慣れまくっているタレントを使った方が制作側も楽だからだ。そして、同じタレントを繰り返して使うことにより、視聴者の認知度が高まり、広告タレントとしての価値が上がるからである。

少数のタレントの枠の中に入りたい若い人は無数にいる。昨年行われた乃木坂46のオーデイションの応募人数は87852人だった。日本の出生数は年間84万人ぐらい。性比があるので男の方が若干多いとして、女の子は年度でアバウト40万人とする。アイドル応募の適齢期間を3年ぐらいとすると、120万人。日本中で、14人に一人ぐらいが応募したことになる。すごい数だ。

これだけ狭き門だから選ばれたタレントは優越感があり、興行の世界のままの閉鎖的なムラ社会の独特な慣習や掟がはびこっている。

のん(能年玲奈)ちゃんが、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」でブレイクした時、事務所から支払われていたギャラは毎月5万円だったと言われている。それはないと、文句を言ったら事務所から追放され、しかも事務所間の協定で、どこのテレビにも出られなくなった。ヤクザの破門と同じである。

のんちゃんは、スピーディーの福田淳さんと契約し、コマーシャルや映画などマルチタレントとして活躍し、古い芸能業界の外で大きく羽ばたいた。

日本のテレビ業界は、敗戦後の混乱の中で生まれ、高度成長の頃に独自のバラエティ番組や、スポーツ中継、アメリカなどのテレビ番組の翻訳番組などの多様なコンテンツ展開を果たした。僕が若い時に観たテレビで記憶しているのは、「ララミー牧場」「奥様は魔女」「ベンケーシー」「逃亡者」など、翻訳番組が多い。東北新社の仕事である。

福田さんによれば、それが大きく変わったのは、80年代バブル時代のトレンディ・ドラマである。トレンディな男性、女性のタレントを使えば、大きく視聴率を稼げるので、タレントに頼った番組ばかり作って、テレビがコンテンツのイノベーションをなくしてしまったのだろう。

今は、テレビは観ない。だから、ガーシーがとりあげる若いタレントたちも、名前ぐらいしか知らない(笑)

5.消える裏側

さて、ガーシーはこれからどうなるのか。逮捕されるのか、全国ツアーをやれるのか、話題は尽きない。80年代に、それまで裏方にいた、出版の編集者や、マーケッターが表に出てくる時代があった。インターネットによって、裏と表の区別が出来ないような環境が生まれている。

ガーシーは芸能界の裏側にいた人間だが、それがYou Tubeというメディアを使って、個人をめくって出てきた。今後、さまざまな業界の裏側にいて「墓場まで持っていく情報」を持っている人間が、You Tubeに出てくるだろう。内部告発というと、これまでは会社の中での反乱であったが、社会全体の内部告発者が出てくるだろう。政治、経済、スポーツ、学会など。インターネットは、表も裏もなくなる時代になっていく。

ガーシーは芸能界の裏側の中心にいた男だから、その魅力も恐怖も知っているのだろう。飲み屋のマスターをやっていただけあって、一人ひとりの客に対する目配りやサポートは、たいしたものだと思う。メンバーシップの会員に対して、P2Pで対応する様は、とても丁寧で好感が持てる。

最初にガーシーの詐欺を告発したZ李も、ガーシーの男気に触れ、いまでは、後援会長みたいになっている。まるで、悪のヤクザ組織に一人で殴り込みをかけようとする花田秀次郎に、「ご一緒、願います」と合流する風間重吉のイメージである(笑)。

インターネットは、良きにつけ悪しきにつけ、人生を賭けた奴のコンテンツだけが価値を持つのだろう。

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