トランプを見て田中角栄を思う

 学生時代、毎日新聞社で「坊や」と呼ばれる編集事務のバイトをやっていた。国会の季節になると、国会議事堂前の記者クラブに通い、そこから国会議事堂の中で取材している新聞記者のところに、原稿用紙を届けたり新聞の早刷りを届けたり、小間使いのバイトだ。そのため頻繁に国会議事堂の内部を急ぎ足で歩き回ったので、内部の構造も分かったし、トイレなどで、大物の国会議員と連れションすることもあった。

 その時は、佐藤栄作の天下で、佐藤栄作の流れの福田赳夫と、田中角栄が次世代を競っていた。当時の政治家は、みんな若い時に戦争を体験した人たちで、肉親や友たちを失って生き延びた者の、悲しさと迫力があった。一度、エレベーターの中で、幹事長だったか、保利茂と二人だけになり、ものすごい威圧感を感じたことを覚えている。海軍上がりの中曽根康弘や、三角大福(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫)と呼ばれていた政治家たちは、それぞれ、ただならぬオーラを発していた。

 政治思想的な賛否はともかく、人間的な魅力は、遠目から見ていても、田中角栄が圧倒していた。議会が終わって、記者たちが片付けをしているところに、田中角栄が来て、例のだみ声で「やあやあ、今日の議論はどうのこうの」と、まるで村役場の世間話のように気軽に記者たちと話していた。福田や中曽根は、いつも、しかめっつらで威厳を保っていたような雰囲気だった。

 田中角栄は、学歴も家柄もない、新潟の叩き上げの土建屋である。佐藤派の面々は、それぞれ東大を出て官僚経験をしたエリートの政治家である。日本は、明治以来、東大卒のエリートが外国の社会システムや技術を輸入して、日本に導入した。それが戦前の軍国主義から戦後の占領軍と共同して作った戦後民主主義体制まで一貫している。田中角栄は、自分の力だけで事業を拡大し、政治の世界でも勢力を築いていた。今太閤と呼ばれていたが、政治エスタブリッシュメントからすれば、成り上がりの世間知らずである。しかし、日本人の圧倒的多数は、非エリートであり、田舎者である。そうした、大衆のエネルギーを田中角栄は集めた。

 アメリカ大統領選挙について、アメリカの事情はまったく分からないので、評価のしようがないが、個人的な印象だけで言えば、トランプは田中角栄である。トランブは資産家の息子であり、裸一貫ではないが、下品で、わがままで、自由な振る舞いは、田中角栄のバックボーンである日本の田舎の風景を思い浮かべる。アメリカのインテリたちからすれば、ただのフロレス好きの不動産屋が間違って大統領になってしまったので、なんとかしたいという思いが強いのだろう。

 全米の大半のマスコミがトランプ叩きをするのを見ていると、立花隆をはじめとする日本のマスコミが一斉に田中角栄を攻撃して、権力を奪った風景が思い浮かぶ。トランプはアメリカ第一主義であり、田中角栄もまた日本第一主義であった。

 トランプのアメリカは怖いが、グローバリズムのアメリカも怖い。どちらを応援するとか、どちらかを否定するとかやってる余裕は、ない。私たちは、そうした世界の嵐の中で、自らの進む方向を、自らの手で築いていかなければならないのだろう。

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