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純喫茶「キツ」店主日記 2021年09月07日


純喫茶「キツ」店主日記
2021年09月07日

 開店準備に忙しい。店内装飾、設備・企画検討、サイト制作など、仲間たちの協力のもと、進んでいる。

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 ところで「喫茶店」ってなんだろう。現代の喫茶店の原型は、フランスのカフェを、渡欧した芸術家たちがはじめたようである。

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 1911年(明治44年)、画家の松山省三、平岡権八郎、小山内薫がパリのカフェをイメージして4月に開店した「カフェー・プランタン」をはじめ、水野龍の「カフェー・パウリスタ」、築地精養軒の「カフェー・ライオン」など銀座にカフェーと称する店が相次いで誕生する。それぞれの店は独自色を打ち出し、カフェー・プランタンは「初の会員制カフェ」として、カフェー・パウリスタは「初の庶民喫茶店」「初のチェーン店舗型喫茶店」として、カフェー・ライオンは「初のメイド喫茶」として人気を博した。また、この頃、暖めた牛乳を提供する「ミルクホール」も登場し、学生などに人気を博した。(wiki)
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 現代の日本で言われているカフェは、アメリカのいわゆるシアトル系のスターバックスとかタリーズみたいなセルフサービスのお店である。明治以来の喫茶店とは少し違う。

 ここ10年ぐらい、私の家の近隣エリアである学芸大学や武蔵小山の古い喫茶店が店じまいすることが多い。先日も、武蔵小山パルム街の珈琲太郎が閉店になった。老夫婦がやっていて、昔ながらのインテリアで、少年マガジンやサンデーも置いてあった。

武蔵小山商店街パルムの老舗純喫茶「珈琲太郎」が2021年4月30日をもって閉店。

 珈琲太郎は40年間だが、40年、50年と続けた喫茶店が閉店になるというケースが多い。後継者がいないのだろう。コメダ珈琲店のように、チェーン展開して、ファンドに買われるような経営をしていないかぎり、一店舗で細々とやっている店は、子どもたちも、承継しないだろう。50年前は、今のように、コンビニで100円でそれなりの珈琲が飲めるという状況ではなかった。

 40年、50年前は、日本が高度成長の坂を急速に登っている時代であり、都市人口も増大し、企業につとめたサラリーマンが、出世競争に疲れて「脱サラ」して喫茶店をはじめるという風潮があった。個人商売で、特に技術や経験がなくても始められて、一国一城の主になれるということで、日本中に喫茶店が増えた。その時代に30代半ばぐらいで脱サラした人たちの店が、軒並み閉店しているのだろう。以下の図は、総務省統計局によるものである。

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 データを見ると、店舗数はジリ貧であるが、1981年には、154,630店あった言われているから、その衰退の度合いがすごい。

 さて、日本人が愛した「喫茶店」とは何であったのだろうか。
 純喫茶「キツ」の運営企画を考えながら、いろいろと思い巡らせている。
 また、報告するので、気が向いたら寄ってください。

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