橘川幸夫の時評「知床KAZU 1の沈没事故から見えること」


1.KAZU 1の事故

 北海道・知床半島沖で乗客乗員26人が乗った観光船「KAZU 1(カズワン)」が遭難した事故は、コロナや戦争の脅威にさらされている日本の人々の、かすかなレジャー欲求に水を指す、悲しい出来事だった。

 そして事故後の社長の桂田精一氏の社長らしからぬドタバタぶりが話題になっている。彼は笠間で陶芸を学んだ芸術家で、親の資産を受け継ぎ、以下のような事業を行っているようだ。いずれも、なかなかそそるネーミングである。

世界自然遺産の宿しれとこ村
流氷と温泉の宿 海に桂田
ホテル地の涯
SIRETOKO HOTEL HANARE

 芸術家にして実業家というのは、なかなか出来ることではないので、すごいなと思って、ネットを見ていたら、背後に有力なコンサルがいることが分かった。

2.経営指導者

 株式会社武蔵野の小山昇氏である。ダイヤモンドオンラインの記事で以下のように自画自賛している。

なぜ、世界遺産知床の「赤字旅館」はあっというまに黒字になったのか?

「2017年夏、私は妻と世界遺産の知床に行きました。宿泊は、経営サポート会員でもある有限会社しれとこ村(北海道、旅館業)。いい宿ですが、桂田精一社長は有名百貨店で個展を行うほどの元陶芸家で、突然ホテル経営を任され、右も左もわからないド素人。運よく何もわからないから、小山にアドバイスされたことは「はい」「YES」「喜んで」ですぐ実行した。

 知床観光船が売り出されたとき、私は、「値切ってはダメ! 言い値で買いなさい」と指導した。世界遺産のなかにあるホテルが売り出されたときも、「買いなさい。自然に溶け込む外壁にしなさい」と指示した。すると、赤字の会社があっというまに黒字に変わった。」

 小山氏は、自分のSNS上の関連発言は削除したようだが、ダイヤモンドのは削除しようがないだろう。小山氏は、日経や東洋経済などにもよく登場する、やり手のコンサルタントである。


株式会社武蔵野 wiki
小山昇(こやま・のぼる)株式会社武蔵野代表取締役社長。「大卒は2人だけ、それなりの人材しか集まらなかった落ちこぼれ集団」を15年連続増収の優良企業に育てる。「数字は人格」をモットーに、700社以上を指導。5社に1社が過去最高益、倒産企業ゼロとなっているほか、年間240回以上の講演・セミナーを開催。日本で初めて「日本経営品質賞」を2回受賞(2000年度、2010年度)。2017年にはJR新宿ミライナタワーにもセミナールームをオープンさせた。『朝30分の掃除から儲かる会社に変わる』、『強い会社の教科書』、『【決定版】朝一番の掃除で、あなたの会社が儲かる!』、『1日36万円のかばん持ち』、『残業ゼロがすべてを解決する』などベスト&ロングセラー多数。

著作
『仕事ができる人の心得』(CCCメディアハウス)(1996年)
『「儲かる仕組み」をつくりなさい』(河出書房新社)(2005年)
『強い会社をつくりなさい!』(CCCメディアハウス)(2006年)
『社長! 儲けたいなら数字はココを見なくっちゃ!』(すばる舎)(2007年)
『朝30分の掃除から儲かる会社に変わる』(ダイヤモンド社)(2007年)
『「決定」で儲かる会社をつくりなさい』(河出書房新社)(2007年)
『強い会社はどんな営業をやっているのか? 』(あさ出版)(2014年)
『IT心理学』(プレジデント社)(2016年)
『残業ゼロがすべてを解決する』(ダイヤモンド社) (2016年)
『小山昇の超速仕事術』(PHP研究所)(2016年)
『小さな会社の儲かる整頓』(日経BP社)(2017年)
『儲かりたいならパート社員を武器にしなくちゃ』(KKベストセラーズ) (2017年)
『成果を上げながら「残業ゼロ」で帰れるチームの作り方』(宝島社)(2017年)
『絶対会社を潰さない社長の口ぐせ』(KADOKAWA)(2017年)
『新卒採用力が会社の未来を決める!』(マネジメント社)(2017年)
『数字は人格』(ダイヤモンド社)(2017年)
『チームの生産性を最大化するエマジェネティックスR』(あさ出版)(2018年)
『会社を絶対ダメにしない社長の「超」鉄則』(大和書房)(2018年)
『利益を最大にする最強の経営計画』(KADOKAWA)(2018年)
『人を動かしたいなら「やれ」と言っていけない 思い通りに部下が動く“すごい”伝え方』(SBクリエイティブ)(2018年)
『儲ける社長の24時間365日』(KADOKAWA)(2018年)
『儲かりたいならまずココから変えなさい!』(朝日新聞出版)(2018年)
『お金は愛』(ダイヤモンド社)(2018年)

3.朝一番の掃除

 著書の中の「朝一番の掃除」というのが気になって、ネットを見ていくと、以下のまとめがあった。


知床観光船事故会社のコンサルで話題になってる株式会社武蔵野 小山昇社長の記事がサイレント削除 会社の重役が洗脳されてたり素手でトイレ掃除したり、スーパーハッピーとか絶叫して朝礼と告発が相次ぐ

▼以下Twitterから。

「有限会社しれとこ村にコンサル入ってた「株式会社武蔵野」ねぇ...。わたし新卒当時この会社の合同研修行ったことあるけど、素手でトイレ掃除させられてホント最悪だった...一般のトイレ利用者が来たら一度掃除を中断するんだけど、去ったら直ぐに再開。排泄物が付着してようが、お構い無しに掃除させられる。
「素手で掃除することで環境整備を社員に根付かせる」ことが大目的なのかもしれないけど、もうちょい衛生観念に則った研修にして欲しかったよね...」

 ああ、なるほど、小山氏は、ダスキンの代理店として力を蓄えてからコンサルになったのだな。ダスキンのノウハウがベースになっているようだ。

 ダスキンは日本におけるフランチャイズシステムの黎明期からの成功事例の一つである。ダスキンは、社名のイメージからマクドナルドやセブンイレブンのようにアメリカのフランチャイズシステムのように思えるが、日本独自のサービスである。各地の代理店が地域の企業の清掃メンテナンス業務を行うことで地盤を固めて発展した。更に、アメリカのミスタードーナツと提携して、ミスドの展開を行っている。

 ダスキンの有力な代理店は各地にあるが、何か共通するマインドがある。

4.フランチャイズと宗教マインド

 1970年代にマクドナルドをはじめとしてアメリカのフランチャイズビジネスが日本に入ってきた。ある巨大なフライチャイズの導入マニュアルを見たことがあるのだが、それは、すさまじい分量のマニュアルであった。

 あるゆる作業の手順が細部に渡って記入され、あらゆるケースでのトラブルの対応方法などがマニュアル化されていた。それはアメリカ社会という、多民族国家では、人々の共通のプロトコルがなくて、赤子に教えるようにすべてゼロから説明しなければならないのだな、と思った。

 その時、「ああ、これは、現代における宗教の経典なんだな」と思った。このマニュアル通りに生きれば、この共同体は、安定した運営が出来る。

 アメリカでマクドナルドが普及したのは、ルーツがそれぞれ違う民族なので、例えば見知らぬレストランに入って、そこでイタリア系なのか東欧系なのか分からないので、自分の口に合わない料理を出されることがある。マクドナルドであれば、そうした民族性はなしで全米どこにいっても同じ味のハンバーガーが食べられるので普及したと、その時に聞いた。

 だから、統一マニュアルが重要で、従業員の望むことは、オリジナルな工夫とか努力ではなく、ただ、マニュアル通りに業務遂行してくれる人となる。これは、ある意味、究極の管理社会のシステムであり、フランチャイズとは、教義を疑ってはいけないこの時代の新興宗教だと思った。

5.ダスキンと宗教

 ダスキンといえば、新入社員に地域の一般家庭を訪問させて、便所掃除をするという会社として有名だった。それは、創業者が信奉していた金光教(こんこうきょう)や一燈園(いっとかせん)のメソッドである。

 金光教は、黒住教、天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる神道系の宗教で、地域や家庭を掃除することが修行のベースになっている。汚れを掃除することで、本人の心もきれいになるということなのだと思う。

ダスキン創業者 鈴木清一略歴

6.宗教の意味と役割

 僕は、人類が発明したメソッドの中で、宗教・政治・文学は人類が人類として発展させるために大きな要素であったと思っている。宗教は原始時代に、地域の人たちが共通の神を持つことによって、共同体としてのアイデンティテイィを持つことに力を発揮した。共通の神や信じる教義が、地域や民族の一体感を持たせ、他の信仰に対する闘争心をかきたてたのだと思う。

 それは恐らく、狩猟民族の時代から農業本位の定着集落の生活に移行する過程で大きな役割を果たした。

 しかし、やがて、集落(村)から都市への歴史的な移行がはじまり、僕たちは都市の中の個人として、旧来の村からは切り離された。そこで、人工的な組織である企業が生まれる。そこで、組織の一体感を作るために利用されたのが、宗教的連帯感である。強烈な経営者は、ある意味、宗教者として社員を信徒化していく。それが社風や企業マインドとしてあるうちは効果的だが、独善的な経営者は、宗教の方法を管理のためのツールとして目的化する。それがブラック企業である。

 企業は現代社会の共同体である。だから、宗教に近い、参加者同士が共有する価値観やマインドは大切である。しかし、現代は原始世界ではなく、近代を経て個人として自立した者同士が新しい共同体のあり方を探る段階である。宗教の意識管理の側面だけを利用とした経営者は、権力者のエゴにまみれた、本来の宗教のあり方を愚弄したものであると感じる。

 21世紀は本格的な参加型社会に移行するのだと思う。そのためには人類がこれまで獲得したさまざまな要素や方法論を、新しい時代に対応した変容を求められている。信じる力を共有することは、共同体を維持すめたるに大事なことである。しかしそれは、権力者や伝統管理者の権力を維持するための宗教ではなく、一人ひとりの思いを共有化するボトムアップ型の新しい宗教でなくてはならないだろう。

 宗教は信じることの本質を忘れて、手法だけが暴走すると、とんでもない支配のツールや金儲けの道具になるな。

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