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◇就活地獄は、どこから来たのか。


 僕たちの社会が失ったものはたくさんあるが、一番大きな喪失は「社会の教育機能」ではないか。うちの母親なども、道ばたで他人の子どもが悪さしていると、本気で叱っていた。今は他人の子は、それぞれの親の価値観で叱ったり、叱らなかったりするから、ほっておくしかない。かつては地域全体が教育(しつけ)の場であったのだ。学校も社会という大きな教育システムの中にあったものであったが、現在は、社会という教育機能が蒸発し、学校だけが取り残された。

 かつて職場とは生産や流通の場であると同時に教育の場であった。江戸時代の店員は仕事しつつ社会のルールや仕事への責任感を学んだ。仕事が終われば寺子屋で基礎教育を学んだ。寺子屋という学校での学習は、社会全体の教育システムとつながったものであった。職人は師匠の技を盗むように学んだ。職場も人工的ではあるが地域の一つだったのである。

 僕が過ごした出版業界にも、有名な編集長や編集者がいて、その人たちはいずれも有能な教育者として後輩を育てた。出版社に限らず、あらゆる業界の会社は、職場自体が技術と感性を磨く学校であったはずだ。真っ新な新人にとって職場以外に職能を身につける場所はなかったのだ。

 ところが会社が企業と呼ばれる頃から職場の意味が変質してきた。そこでは先輩・後輩の序列が失われ、共同性も失われ、ひたすら生産効率の数字だけが一人歩きしはじめた。教育とはコストのかかるものである。まして全人格的にマンツーマンで育て上げるには、奉仕に近いエネルギーを必要とする。後輩に教えなくても自分でやった方が早い作業も、後輩を育てるためにやらせたりする。しかし企業は、そうした奉仕を不合理と感じた。必要な人材は外部から完成した人材を供給するか、外部に発注すればよい。基本教育は専門の社員研修会社に委託すればよい。「コーチング」という、何を教えるかを無視した、教え方の技術だけが企業にもてはやされた。マンツーマンの関係を作るより、効率良い一般的な方法を強いられた。戦後の個人主義の突出も、そうした動きに輪をかけた。

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