出版再生機構(参加型社会への一里塚)



(1)出版の発行原理

 学生時代に雑誌を創刊して出版の世界に入り、28歳で自分の雑誌企画が認められて出版社に入りサラリーマン生活を送った。しかし、最初のサラリーマンの役職が編集長だったので、普通の出版人のように、業界の掟もマナーもよく知らないまま業界の中を動き回って半世紀なので、ある意味では素人のまま(笑)。

 そういう立場で見えていることをベースにして、新しい出版の枠組みを提案したい。

 まず出版の原理から確認すると「本を書きたい、表現をしたい人がいる」ことと、「その原稿を本にして世の中に知らしめたいという、編集者がいる」。その2つの要素が出会うことによって、孕まれる時代の胎児である。

 編集者は、出版社という組織に属しているか、フリー編集者の場合は、出版社に企画提案して、制作コストを捻出する。80年代半ばくらいまでは、この原理が当然であった業界であった。出版というのもは「水物」であり、当たるか当たらないかは出してみないと分からない。「千三」と言われて、1000冊出して3冊当たれば成功という世界であった。

 だから編集者は面白いネタを必死に探し回った。それが80年代半ばから、社会と企業のシステム化がはじまり、出版社も数字の論理を先行するようになった。提出された出版企画が、どれだけ売れるのか、作家の販売実績はどうだ、類書のベストセラーはあるのか、などが編集会議の議論になった。だから、編集者が面白いと思っても、実績のない無名のライターなどの企画は採用されなくなってきたので、編集者は、無名の新人の原稿を受け取らなくなった。受け取って面白いと思っても、編集会議に通らないことが分かっていれば、虚しくなるので最初から受け取らないのだ。

 かくして、有能な編集者というのは、新しい才能を発掘する人間ではなく、売れてる作家を引っ張ってこれるような人間のことを指すようになった。


(2)不要不急故に我信ず

 もちろん現在でも、無名の才能を発掘しようとしている編集者も少なくない。しかし、経済の論理優先は現在の出版社業界を完全に覆っている。

 もちろん80年代以前も、出版社は経済の論理に縛られていた。その中で、独自の出版活動をしていた弱小出版社の多くは、出版以外の本業で稼いでいたという例が少なくない。それは学習参考書のビジネスや、企業のパンフレット制作や、宗教団体の支援があったりした。

 80年代前半、ある教科書会社の編集者に「橘川さんの出したい本を出す」と言われたことがある。彼は国語の教科書を担当していて、教科書というのは一年に1冊作るだけで、検定の時期が終われば、しばらく余裕のある時間がある。その期間を遊ばせておくことは出来ないので、一般書を作れという言われていたのだ。なので、大幅な損害を与えないような企画てあれば、編集者の裁量で企画が通りやすかった。

 今は、そんなことは出来ないだろう。出版業界に限らず、経済的に成立しないビジネスはシステムから排除されていく。

 もともと出版というのは、実用書以外は「不要不急」の商品である。衣食住の商品と違い、なくても困らない。しかし、だからこそ、出版は、動物としての生存原理を超えた、人間の存在理由を探るものなのだと思う。

 オンデマンド出版や自費出版の流れもあるが、こちらは編集者不在で、ただ書きたい人が出したいだけのものになっている。オンデマンド出版で、編集者をつけて本気で作ろうとすると、経済的には回らない。いろいろと模索しながら、新しい出版構造を探っていきたい。


(3)クラウドファンディグ出版の可能性と限界

 出版社の持っている機能はいろいろある。編集者やデザイナー、イラストレーターやカメラマンなどのネットワーク。取次・書店との関係性。新聞やテレビでのパブリシティ能力。など。しかし、最重要なのは金融である。

 出版の原価の大半は印刷費なので、本が販売される前に先行投資として印刷費を負担しなければならない。また書店で販売される書籍の回収までのコストも負担しなければならない。組織的な出版社以外に、このリスクを背負える個人は少ない。

 インターネットによるP2Pシステムの普及により、個人の小規模な小口出資によるプロダクト制作の方法としてクラウドファンディングが登場した。私も早速、クラウドファンディングでの出版スキームを作った。

 何冊か作ってみて、限界も感じている。それは、支援者が単に著者の応援団でしかないということだ。もちろん応援は嬉しいことではあるが、何か、わだかりまが残る。それは、困った人への寄付行為につながる違和感である。

 余裕のある人は、余裕のない人に支援をすべきだ。まして、友人が出版をしたいのであれば、それを応援しようとする気持ちは正しい。

「しかし、それだけでよいのか」というわだかまりが残る。応援の気持ちは、お金だけなのか、という想いが残る。

 こたえは全てスタートラインにある。出版とは何だっのかを思い出せばよい。

ここから先は

530字 / 1画像

橘川幸夫の深呼吸学部の定期購読者の皆様へ こちらの購読者は、いつでも『イコール』の活動に参加出来ます。 参加したい方は、以下、イコール編集部までご連絡ください。 イコール編集部 <info@equal-mag.jp>

橘川幸夫の深呼吸学部

¥1,000 / 月 初月無料

橘川幸夫の活動報告、思考報告などを行います。 ★since 2016/04 2024年度から、こちらが『イコール』拡大編集部になります。…

樹喫茶「キツ」に客がこないので。この部屋は、マスターの物語生成工房にしようと思う。

マスター橘川幸夫の小説を連載しています。 オンライン純喫茶「キツ」 24時間営業しています。 https://miraifes.org/…

参加型メディア開発一筋の橘川幸夫と未来について語り合いましょう。

『イコール』大人倶楽部 『イコール』を使って、新しい社会の仕組みやビジネスモデルを考えたい人の集まりです。『イコール』の刊行をご支援して…

みんなで時代を描くプロジェクト。

各自の「深呼吸する言葉」を登録してください。 メンバーが満員になったので、2号室を増設しました。 https://note.com/met…

橘川幸夫の無料・毎日配信メルマガやってます。https://note.com/metakit/n/n2678a57161c4