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原英史さんと公務員制度改革について論じ合う【2】官僚は「競争好き」か「競争嫌い」か

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標題=原英史さんと公務員制度改革について論じ合う【2】官僚は「競争好き」か「競争嫌い」か

掲載媒体=NBonline

公開日=2012年8月28日(火)

対談相手=原英史

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橘川:日本の近代化は、明治維新です。あれの推進力は地方藩の官僚たちですよね。坂本龍馬って地方の下級武士だけど、いわば地方公務員みたいなものでしょう。明治維新は、大衆や市民が蜂起して生まれた革命ではなくて、官僚たちによる革命だったと思う。大衆はただ、官僚たちのリーダーシップに従ってついていっただけですよね。明治維新は官僚革命みたいな面がある。

原:官僚組織は古今東西どこにでもありました。江戸時代は、幕府や藩の行政組織を支えた官僚がいたし、明治以後の政府にもいた。ただ、今の官僚と大きく違うのは、藩でも明治政府でも、官僚たちが失敗すると、組織そのものが滅びてしまうという危機感をもっと持っていたと思うのです。比較的安定した江戸時代でも、一歩間違ったらお取りつぶし、という危機感が、少なくとも今の役所よりはあったのでないでしょうか。

橘川:官僚たちが、藩や国家を守るというのではなくて、自分たちそのものを守ろうという意識になってしまったんだな。

原:だから、前回の話のように、バブル崩壊以降、お城が大変な状態になっているのに、自分たちの世界を守って、その中で「様式美」を追求し続けるみたいなことが起きてしまっている。

橘川:世間知らずの原理主義ですね。

原:制度改革の話に戻すと、失敗すれば組織が滅びるという危機感を制度の仕組みの中に入れなければならないと思うんですよ。例えば、役所の目標を設定して、その目標に達しなければ、役所がお取りつぶしになる、といった仕組みも必要だと思う。

橘川:2011年3月11日というのは、ある意味では日本が滅びるかもしれないという危機感を日本人全体が共有したんだと思います。しかし、その後の復興予算の扱い方を見ていると、役人だけが、その意識を共有しなかったのではないかと思えるんです。

 予算の組み方や執行の仕方が、3・11以前と全く変わっていない。復旧・復興関連予算が約15兆円ついたが、年度内の未消化が6兆円ほどあった。それを安住淳財務相は「足りないより過分であった方が良い」などと言って、すましてる。これをマスコミはほとんど攻撃しない。余って、それでも復興できたならよいけど、実際はやるべきことができていないですよね。問題は、お金の金額ではなく、実質的な使い方が、バブル以降の危機感のない使い方とまるで変わっていないということが問題なんです。予算をつけたらそれで自分たちの仕事は終わりだと思ってるのではないか。

原:これは、昨年からずっと言っていたのですが、現場に権限をおろして、現場のニーズに応じてお金を使える仕組みにしたら良かった。そうすれば、もっと有効にお金も知恵も使えたはずです。ところが、結局、官僚も国会議員も、そういうことはやりたくない。なぜかというと、そうやって現場に権限をおろせば、自分たちの「権力」の源がなくなってしまうからです。

橘川:インドネシアのスマトラ沖地震の時も、最初は中央で復興計画を立てていたが、現地の要望と乖離してしまうので、被災地であるアチェに復旧・復興庁を設置して予算も権限も被災地に移管した。例えば、中央は、津波が危険だから高台に移るように指示するのだが、そんなことしたら漁業の仕事ができないという現地の声があり、復興庁が住民の意見を取り入れて、海辺に近いところに住宅を作る。ただし、高台に向けての避難道路を拡大して、定期的に住民の避難訓練を実施するということにしたらしい。現場のことは現場のリアリティーを優先するという、当たり前の方法が、硬直化した霞が関では忘れられている。自分たちの権限を譲ろうとしないんですね。

原:このスタイルは、明治以来の伝統なのです。かつての高文官僚たちは、外国の最新の制度や仕組みを勉強して、その理想の姿を日本に導入するのがお仕事だった。戦前の最強官庁だった内務省は、英語の不得手な人が多かったから戦後連合国軍総司令部(GHQ)につぶされたみたいな俗説があるけど、あれは間違いです。

 僕の祖父は内務省の役人をやってたのですが、戦前に欧州各国を回った時の記録資料を見せてもらったことがある。当時の官僚たちは、大変な覚悟をもって、世界の情勢を研究し、今よりもずっと厳しい環境で国際交渉に臨んでいたのです。最近の不勉強な官僚と比べたら、戦前の方が、はるかに世界標準で最先端の知識を持って仕事していた。

 ただ、そのスタイルの場合、現場のリアリティーというのは、実現すべき理想の対極。遅れた日本国における、根治すべき悪しき因習という位置付けになってしまう。現場軽視、机上の制度設計重視というのは、この頃からの霞が関の伝統なのです。

橘川:明治以来、西欧に学びキャッチアップして富国にするという方法論が重要だったことは分かります。それを担うべき人材を育成するために大学があり、そこで学んで人たちはまさに生命を賭けて日本のために戦った。僕も、戦後の農水省でGHQと粘り強く交渉して農地解放を実施した官僚や、経済安定本部で戦後社会のあり方のグランドデザインを書いた官僚たちとの知遇を得て、彼らの驚くべき知識量と思想の幅広さに大きな刺激を受けたことがありました。

 ただ、日本はすでに「豊かな社会」を実現し、西欧に学ぶべきものより、日本の中で新しく開発されたり育成されたオリジナルな制度が、逆に世界の人たちの参考になるべき時代になっているのだと思います。いつまでも諸外国の成功事例を探して、日本にカスタマイズするだけの政策設計はやめてほしい。官僚たちには、自分たちの見識を教えてやる、という態度ではなく、現実の中から、学ぶという謙虚な態度が欲しいですね。カスタマイズからクリエーティブへと発想を変えるべきです。

原:その通りですよ。ところが、今の法律の作り方というのは、明治時代のやり方そのまま。前回内閣法制局の話をしましたが、法案審査で、法案作成担当者が最初に説明しないといけないのは、法案の必要性です。

 その説明の基本パターンがあって、まず、現状でどういう障害や問題が起きているかを説明する。次に、欧米諸国ではすでにこういう制度が導入されているということを説明し、だから日本でも同様の制度を導入しましょうと結論づける。これが鉄則です。この2つ目の各国制度のところを飛ばして、独創的な制度を提案したりすると、「霞が関の仕事を分かっていないやつ」という烙印を押される。

 橘川さんが以前にこの連載で、林雄二郎さんが「逆定年制」を提案して全く無視されたという話を書かれているけど(「年金制度に反対し、天下りを拒絶した元官僚が遺したもの」まさにそれ。このやり方をいまだに続けてるのですから、日本が世界のトップに立てないのは当然です。

 こういう仕事のやり方は維持して、現実は軽視し続ける一方で、世界の知識を貪欲に吸収し、取り入れるべきものを取り入れようという意気込みや姿勢も、明治時代よりずっと薄れている。同じく各国制度を調べるにしても、底がだいぶ浅くなってると思います。二重に問題なのです。

橘川:官僚が自分の立場や認識を自覚できていないのではないでしょうか。明治の頃なら、ある程度、社会的に共有された役割意識や言うまでもないコンセンスが得られたのでしょうが、価値観が多様化した戦後社会では、一人ひとりが自分の価値観を模索して作っていかなければならない。それは面倒で大変なことだから、途中で放棄して判断停止になって、長い物には巻かれよとなってしまうのでは。でも、こういう時代だから、国家の運営実務を担う官僚というのは、やりがいがあるはずだと思うのですが。

 現場の話をすると、国の予算を配分するけど、民間からすればとても使いにくいお金になっている。例えば、予算がついて公募するわけですが、地元のNPOなどが予算申請して認められても、事前に支払われる概算払いのものがほとんどなくて、年度末の終了後に支払われる。つまり1年間の経費や人件費は自分たちで用意しなさい、ということ。そんな余裕のある中小企業やNPOなんかあるわけがありません。まして、被災地ではとても無理です。

 昔は役所の仕事が取れると地元の信用金庫などは、行政との契約書を持っていけば運転資金を貸してくれた。これも、どんどん審査が厳しくなった。その結果どうなるかというと、自前で金融機能を持っている東京の大手シンクタンクが元請けになって、ごっそり予算を持っていってしまい、その下請けみたいな形で地元の企業やNPOに配分されるということになる。

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